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嵐の夜
激しい雨が窓を叩き、稲光が暗い部屋の中を時折照らし影をつくる。
部屋の中は安物の調度品が並び、一晩銅貨数枚で借りられるような安宿の風情だった。俺は暗闇の中寝台の上で、頭の後ろで手を組んで寝そべっていたが眠ってはいなかった。何気ない長袖の中着と下服姿だが、至る所に暗器が仕込んである。
宙を見つめていた視線をおもむろに一つしかない部屋の扉に移す。すると扉が叩かれる。強くはないが、焦っているような叩き方だ。
俺がさっきから察知していた気配の主に間違いなかった。殺気は感じないが鎧を着て剣を帯びている。
俺は身を起こし、扉まで歩き薄く開けた。
「……何の用だ」
扉の向こうにいたのは女だった。帝国の紋章が入った鎧に騎士剣を携えたいかにもと言った女騎士だ。
「貴方がケラレ殿か」
俺が今ここにいる事を知る者はそう多くない。つまり、そういう俺の下にたどり着ける立場の者ならそれなりの事情に詳しいという事だ。
「そうだ」
俺は職業からすれば考えられない程すんなりと身分を認めた。今の俺はこんなところでしらばっくれても無駄だ。
「英雄の貴方に頼みたい事があって来ました」
英雄。俺の事をそう呼ぶとなれば面倒事の兆しである事は間違いなかった。
―――――
俺の名はケラレ。ついこの間まで暗殺者組合に所属するしがない暗殺者だった。危ない橋は渡らず、義賊のように仕事を選んだりもせず、細々とやってきた俺の境遇を変えたのは、最近に受けたある仕事が原因だ。
それはある地方領主の暗殺依頼だった。そいつは領民に圧政と重税を強いて上の者には媚びへつらうどうしようもない悪徳領主で、たまりかねた領民が組合へと暗殺依頼を出しそれが俺の下に回ってきたのだ。俺はいつものように仕事をこなして金を受け取るだけのつもりだったのだが、予想外の事が俺を待っていた。悪徳領主は魔界の軍勢と通じていたのだ。
魔界。それは俺たちのいる現界と次元の歪みによって通じる近くて遠い、異形の魔物どもが跋扈する異界。太古の昔から魔界は現界に侵略しようとしていたが五百年前に今の帝国ができてからは大規模な侵略は無く、今では「悪いことをすると魔界から魔物がくるぞ」と子供に言って聞かせるくらいしか人々の話題に上がらなかった。だが今でも裏の世界では魔物と取引をする事で強大な力を手に入れようとする者も少なくない。
そして俺の標的になったその悪徳領主も力を求めて魔物と取引していたのだが、奴は規模が違った。一匹や二匹の魔物ではなく魔物の軍と取引していたのだ。俺がそれに気づいた時には既に遅く、逆に奴らから命を狙われ組合との連絡も絶たれてしまっていた。
俺は最早一人では太刀打ちできない相手だと悟り自分の身を守る為に、反乱軍や、悪徳領主を秘密裏に調査していた帝国の斥候などと協力し、悪徳領主を討ち果たす事にした。そこから紆余曲折あり、悪徳領主をなんとか追い詰め最後の決戦の時が来た。
それは壮絶な戦いだった。領主の配下の兵や魔道士や使役される魔物たちを俺は同行者達と共に蹴散らし、魔物の力を身に宿して禍々しい姿となった領主との一騎討ちの末に辛くも勝利した。
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