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そうしてすべては終わった……はずだったのだが、その後さらに予想外の事が起きた。俺の戦いは多くの人間に見られていた。そう、俺の事を英雄だと騒ぎ立てる者が出てきたのだ。
俺としては始めは単なる仕事でしかなかったし、その後も命を狙われ成り行きで戦うしかなかっただけなのだが、民衆はそうは思わなかったらしい。俺の戦いは英雄譚として語られるほどになった。
だがそれは俺にとって好ましいものではなかった。
俺は戦いの時必死だった為に手の内のほとんどを使ってしまっていた。それらが語られ、手の内が露見した暗殺者ほど間抜けなものはない。
さらには表の世界で悪目立ちしたせいで裏の世界で仕事が受けられなくなってしまった。 組合での立場も危うくなった。
仕事柄恨まれる事も少なくない。そうした輩から隠れる為に俺は数少ない協力者の助けを得てこうして隠居生活のような事をしているのだった。
そして今、目の前には俺を英雄と呼ぶ帝国騎士が一人いる。これが面倒事で無いと誰に言えるだろうか。
―――――
相変わらず雨風は激しく窓を叩いていた。暗闇を灯火の光が頼りなく照らす。
部屋の中では俺と女騎士が卓子に向かい合わせに着いていた。女騎士は背筋をぴんと伸ばして張り詰めた空気を醸し出していたが、俺は気怠く足を伸ばし椅子の背もたれになだれかかっていた。
女騎士はまず名乗り、身分を明かした。
「私は皇帝の近衛騎士です。ケラレ殿に依頼があって参りました」
「皇帝の騎士様がこんな暗殺者くずれの若造に一体どんな依頼だ?」
俺は皮肉交じりに言ったが、実際今の立場の俺にどんな依頼があるのかは正直な疑問だった。
「はい、それはとあるお方の護衛です」
「なんだと?」
俺は耳を疑った。暗殺者に護衛の依頼だなんて聞いた事もない。俺を戦士か何かと勘違いしているのか?
「詳しい事情をお話しします。これはまだ一部の者しか知らない事なのですが、皇帝が暗殺されました」
「な……!?」
「そしてそれに伴い竜灯火の維持が困難になり、急ぎ次の儀式を行わなければなりません」
竜灯火。魔界と現界を分かつ結界の要。それは五百年前の建国時に最初の皇帝が竜神の力を借りて灯したとされており、以来皇帝の一族が結界の維持と管理を行ってきた。もしもこの竜灯火が消えるような事があれば現界は魔界の侵略に晒され未曾有の危機に陥るだろう。
そして、皇帝が暗殺されたとなれば黒幕の狙いは一つしかなかった。魔界と現界を隔てる結界の破壊、そうなれば帝国は終わりだ。
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