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「掛け値無しに帝国の危機という訳か……」
まったく突拍子もない話だった。魔界の侵略なんて伝説の中の話で、以前の俺なら信じなかっただろう。だが俺はつい先日魔界と通じている人間を見ていた。人間の側にも内通者がいるとなれば皇帝の暗殺もできなくはないのかも知れない。
「……だが、それとこの依頼はどういう関係があるんだ?」
「魔界の軍勢は大型の転移門を通って現界に現れます。それを防ぐためには結界が完全に消える前に現地で皇族が儀式を行う必要があるのです」
「ちょっと待て、つまりそれは……」
「あなたには魔界との最前線まで皇族を護衛していただきたい」
俺は驚愕した。皇帝暗殺も十分驚いたがこの依頼内容も無茶苦茶だ。
「それは本気で言っているのか?」
「ええ、本気です」
「魔界との最前線に行くという事は、魔物とも遭遇するだろうし人間の内通者もいるかも知れないんだろう?」
「そうですね。その為にあなたに護衛を依頼するのです。なお、情報の漏洩を防ぐ為にあなた以外にはこの件は依頼されていません」
「単独でやれという事か……」
単独の護衛は理にかなっていた。大勢の兵で護衛すれば目立ち、そこに重要なものがあると敵に教えているようなものだ。その点に関しては下手を打っていないようだった。
しかし、一つ聞いておかなければならない事があった。
「なぜ俺なんだ?」
俺は尋ねた。
すると女騎士はここに来て初めて笑みを浮かべた。まるで、教師が良い質問をした生徒を褒める時のような笑みだった。
「それは、あなたが一番良く分かっているのではないですか?」
ぐぅの音も出なかった。確かに、俺はその理由を知っている。
俺には後がないのだ。裏の世界にも表の世界にも居場所がない俺にとって、この依頼は千載一遇の機会だった。おそらくこの依頼を成功させれば帝国にある程度の地位を得る事ができる。むしろそれを報酬として提示してくるだろう。
そもそも俺はこの女騎士の気配を感じた時から何かを期待していた。現状を打破できるような何かを。まさかそれがこんな大事だとは思わなかったが。
「……報酬について聞かせてもらおうか」
窓の外の雨風はいつのまにか止んでいた。雲は晴れ、空が白み始めている。
夜が開けようとしていた。
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