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旅連れ
ある朝、俺は町にいた。ここである人物と合流するためだ。小さな田舎町だが目立たないので極秘の旅を始めるのにはちょうどいい町だ。
そう、俺は結局依頼を受けた。依頼主には俺が依頼を受けることは想定内だったらしく、交渉は淀みなく進められた。俺としてはかなり吹っかけたつもりだったが女騎士は即決した。なんせ、公爵の地位を寄越せと言っても顔色一つ変えずに了承の返事をされて、それなりに場数を踏んでいる俺でも面食らった。しかし負けてなるものかと凡人なら一生は遊んで暮らせそうな額の金も吹っかけてやった。
俺の鞄の中には小さな袋が入っている。袋の中身は小さな家なら一軒買えそうな額の金貨と宝石が入っていた。前金と準備金ということらしいが、やんごとなき方々の金銭感覚というものが俺にはわからなかった。
本物の金が動いている以上すべてが嘘だということは無いだろうが、何かしらの裏は取る必要がありそうだ。俺は依頼を受けた後信頼できる人間に情報を集めるよう頼んでおいた。
そうして打てる手は打った後、待ち合わせの町の広場の噴水の前にやってきて護衛対象を探しているのだった。
護衛対象の人相は知らされていない。場所と本人確認のための方法が知らされているだけだった。皇帝の家族は成人して公務に出席するまで表に出ない。だからこれから来る相手もおそらく人相が知られていない皇族だろう。そうでなければ秘密の旅などできまい。
そんなことを考えていると噴水の反対側がにわかに騒がしくなった。
「だから、貴方達が盗んだのでしょう!」
俺は姿勢を変えずに音を見た。五人、ガラの悪い男が三人に少女が二人。騒いでいるのは少女のうちの一人だった。
これは魔法などではなく俺が暗殺者として身につけた技術の一つだ。魔法は発現の際に感知されるおそれがあるが、これならその心配もない。
俺はそのまま様子を窺った。
「そんな事言われてもよ嬢ちゃん、なんの事だかさっぱり分からねぇなぁ?」
「さっき鞄から財布を盗んだでしょう!私達が屋台の女性を手伝って果物を拾っている間に!」
見ると近くの屋台の果物の山のいくつかに埃がついていた。地面にこぼしてしまったようだ。
「言いがかりはよしてくれよ、俺達が鞄から抜き取った瞬間でも見たのかい?」
「そ、それは見てないですがあなた達しか近くに居なかったではないですか!」
男達はにやにやと笑っている。
「まったく話にならねぇなぁ。人を捕まえて盗人呼ばわりなんてどういう教育受けたんだ?」
「何ですって!」
男達はやれやれといった態度で立ち去ろうとする。
「あっ、待ちなさい!」
「おや?待てば金でもくれるのかい?おっと、嬢ちゃん達は財布を無くしたんだったな、じゃあ支払いは期待できないな!」
男達がどっと笑い出す。少女は怒りのあまりわなわなと震えている。
「もういいよ、ベニー」
一連の流れで初めて聞こえる声がした。もう一人の少女だ。
「あの人達お金に困ってるんだよ。私初めて見たけど、きっと乞食ってやつだよ。もうあげちゃおう」
「え?で、ですが悪いのはあちらの方で……」
「まあ懐が暖かくなっても、心は貧しいままだと思うけどね」
それは男達にも聞こえていた。男達はおもむろに振り返り、こめかみに血管を浮かせながら少女達の方へ歩き出した。
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