旅連れ

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―――――  俺たちは昼になる前に町を出て、馬車の定期便のある大きな街に続く街道を歩いていた。旅慣れていない二人は少し遅めの歩調だったが夜には着きそうだ。  黙々と歩みを進めていたら、ベネウォルスがおずおずと話しかけてきた。 「あの、ケラレさんは英雄なんですよね?」 「………まぁ、そうだと言われているらしいな」 「すごいです!己の身も顧みず多くの無辜の民のために戦ったんですね。尊敬します!」 「………」  俺は複雑な気分になった。事情も知らない外野が勝手に俺の行動を美化して広めているのは知っていたが、いざ目の前で語られると辟易する。  そんな俺の心中を知ってか知らずかルーが口を挟んでくる。 「やめなよベニー、英雄さんはなんか不服そうだよ。ひょっとしたらこの状況を望んでなかったかもしれないよ」 「えっ……、そうなんですか?」 「まあ、そうだな。俺は自分の仕事を済ませたかっただけで民のことなんかこれっぽっちも考えていない。正直、悪目立ちして迷惑している」  ベネウォルスがあっけにとられてぽかんと口を開けている。そんな事考えもしなかったという顔だ。 「で、でもでも!たとえ不本意だったとしてもケラレさんの仕事が人々のためになったのは間違いないです!素晴らしいですよ!」 「そだね。ちなみに英雄さん、仕事って何?」 「暗殺だ」 「……えっと……。それは人々を苦しめる悪人だけを狙う、いわゆる義賊ということですよね………?」 「いや、仕事は選り好みしない。個人的な復讐、政敵の排除、痴情のもつれなんかで殺したこともあったな」 「………」  ベネウォルスは絶句している。 「別に軽蔑してくれても構わない。だが護衛の仕事も手を抜くつもりはない。信じてほしい」  そう声をかけたがベネウォルスは考えこんでしまった。無理もない。暗殺者に関わる人間なんて二種類しかいない。悪意を抱いた依頼者と、不幸な標的だ。こんな少女が関わるものではない。  少ししてベネウォルスが口を開いた。 「………軽蔑するつもりはありません」  意外な言葉だった。 「そういうものが世の中にあるという事は知っています。悪意から産まれたものは、悪意ある結果にしかならない事も。  でも私は、あなたが今まで成し得た事もこれから成す事も、あなた自身が信じるのと同じように信じます」  強い口調ではなかった。まるで、当たり前の事を子供に諭すような、淡く沁み渡る声だった。 「……そうか」 「それに、この旅を成功させる事は多くの人々を救う事になります。私も出来る限りの事をしますから、一緒に頑張りましょう!」 「まったく、ベニーは相変わらず気負い過ぎ。もっと気を抜いてやらないと潰れちゃうよ?」  ルーが呆れている。 「何言ってるのよ。ルーは抜きすぎ。もうちょっとしゃんとして欲しいわ…」  ルーは隣で俺とベネウォルスのやりとりを見ている間、終始軽薄な笑みを浮かべていた。どうやらベネウォルスのこの調子はいつも通りらしい。  並んで歩く二人の背中を見た。最初ベネウォルスが従者と名乗った時、ルーの召使いなのかと思っていた。だが二人は同じ量の荷物を、それで当然という態度で背負っている。  他愛ない会話をする二人を視界の端に捉えつつ、俺はある人の事を思い出していた。他人のために生きる事と、誰かを信じるという事を俺に教え、無残な末路を辿ったあの人の事を。
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