あの娘には近づくな

3/14
前へ
/256ページ
次へ
「楠ノ瀬!」  俺が後ろから声をかけると、彼女はピクっとかすかに肩を震わせた。  しかし、反応したのはその一瞬だけ。  俺の声が聞こえてないはずはないのに、こちらを見ようともしない。 「なぁ……ちょっと聞きたいことがあるんだけど」  続けて問いかけてみたが、完全に無視される。  仕方なく彼女の肩に手を置いて軽く揺する。  すると彼女は目線だけを後ろに寄こし、 「……離して」  ぞっとするほど冷たい声で言った。  それを発した彼女の唇は白く乾いていて。  あの夜……猛り立った俺のモノを咥え込んで吸い付いた……あの唇と同じものだとは、とても思えなかった。 「ぁ……悪い」  彼女の声に圧倒された俺は思わず謝って、肩から手を退ける。  俺がなすすべもなく立ち尽くしている横で、楠ノ瀬は何事もなかったかのように、黙々とゴミ袋をポリ容器の中に放り込んでいる。  手早く作業を終えてしまうと、さっさと(きびす)を返して来た道を戻ろうとした。 「ちょ……ちょっと待ってくれ」  このまま何も聞けないまま帰したのでは、俺はまた一人で悶々とした日々を過ごすハメになる。  思い切って声をかけたが、彼女は俺の呼びかけを無視してスタスタと歩いていってしまう。 「おい、楠ノ瀬…………きよちゃん!」
/256ページ

最初のコメントを投稿しよう!

202人が本棚に入れています
本棚に追加