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俺はイチかバチか……子供の頃の呼び方であいつの名を呼んだ。
「きよちゃん」と呼ばれた彼女は驚いたように肩を大きく揺らして……足を止めた。
俺はこの機会を逃すまいと、あわてて彼女の側まで駆け寄る。
俺が近づく気配を察したように、彼女が肩ごしにゆっくりと振り返った。
「……!」
こちらを振り返ったあいつの顔を見て俺は……一瞬言葉を失う。
――なんで、そんな泣きそうな顔してんだよ。
大きな目は涙で潤み、半開きの唇は何か言いたげに……わなわなと震えている。
さっきまでの乾いた顔が嘘みたいだ。
――やっぱり。
艶めいた表情で俺を見つめる彼女を見つめ返しながら、あの夜の逢瀬が夢ではなかったことを確信した。
「……こんなところ見られたら、困る」
俺を見上げていた楠ノ瀬が、目を伏せて俯きながら震える声で呟く。
「誰もいないよ」
彼女を安心させるように言うと、
「高遠くんはわかってない……私たちは監視されてる」
「は?」
予想もしなかった彼女の発言に思わず声を上げてしまった。
――監視だと? え……誰に?
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