あの娘には近づくな

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「言われてるでしょ? 楠ノ瀬の娘には近づくな、って」 「どうして、それを……」  ――知ってるんだ?  たしかに俺は昔から何度も言われてきた。 『楠ノ瀬の娘には近づくな』  それは俺の家――高遠家の家訓みたいなものだ。  俺だけじゃない。  理由は知らないが昔からずっとそう言われている。今や一族全員の暗黙の了解事項だ。  俺も子供の頃から、家族……特に祖父(じい)さん……から、うんざりするほど聞かされてきた。 「うちも同じだよ。高遠の息子には近づくな、ってずっと言われてきた……」  楠ノ瀬の言葉に、俺は混乱する。 「じゃあなんで、あの夜……あんなことしたんだ?」 「……」  俺の率直な質問に、楠ノ瀬は目を逸らして下を向いた。  吹奏楽部の練習する音が遠くに聴こえる。  楠ノ瀬は何も答えない。
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