序章

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 汗ばんだ首筋に髪の毛が張り付いている。  俺はそっと手を伸ばして、その髪の毛を()いた。  そんな俺の行動に驚いたのか、楠ノ瀬が弾かれたように顔を上げた。 「喋れる? 動ける?」  俺の顔を見つめながら、彼女が矢継ぎ早に質問する。 「あーあーあー……喋れる!」  口がきけなかったのはほんの数時間のことだというのに……。俺は無事に戻ってきた自分の声を確認するように、とりとめもない発声練習をした。 「よかったぁ」  そう言って、楠ノ瀬が嬉しそうに笑った。  俺は自由を取り戻した腕を動かすと、彼女の背中に手を回し、ぎゅうっと抱きしめた。 「……!」  俺の腕の中で、楠ノ瀬がびくっと震えた。  雨に打たれた捨て猫のような彼女の反応が可愛くて。しばらくそのまま……その華奢な体を抱きしめて離さなかった。  彼女の方もされるがままになっている。  ――最初に沈黙を破ったのは俺だ。
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