202人が本棚に入れています
本棚に追加
「なぁ、これはどういうことなんだ?」
「……」
「ここはどこだ? 俺はなんでここにいる? なんで楠ノ瀬は、俺とこんな……」
続けざまに質問を投げかける俺の口を。
楠ノ瀬の紅い唇が塞いだ。
最初は触れるだけだった口づけが、次第に深くなっていく。俺が薄く口を開くと、彼女の厚い舌がすかさず入り込んでくる。侵入してきたそれを軽く吸ってやると、鼻にかかった甘い声がこぼれた。
互いの唇を存分に味わってから顔を離すと、彼女が自分の人差し指を俺の唇に押し当てた。
「私からは何も言えない。……余計なことは言うな、って言われてるし……あなたに説明していいのかも、わからない」
「どういうことだ……?」
「ごめんなさい」
楠ノ瀬は小さな声で謝って、顔を伏せた。
「……私の役目はこれで終わりだから。とりあえず、今日のところは」
――とりあえず?
俺の頭の中は疑問だらけだったが、楠ノ瀬の様子を見ると、これ以上の詮索は憚られた。
それよりも俺は、彼女の発した言葉が気になって仕方なかった。
楠ノ瀬はさっき「今日のところは」と言った。ということは、今日みたいな機会がまたあるということなのか?
またこうして彼女と抱き合える機会が――。
そんな下心丸出しの期待がどれほど能天気で的外れなものだったのか……。
俺がそのことを思い知るのは、もう少し後のことである。
最初のコメントを投稿しよう!