討ち入り

1/1
前へ
/3ページ
次へ

討ち入り

「ドン、ドン、ドォン。ドン、ドン、ドォン――」  響くは、山鹿流陣太鼓。  ついに、決戦の時が来たのだ。  今日こそ仇を取らいでか。  雪がまた、ちらつきはじめており、鋭応(えいおう)(とき)の声を上げる息も白かったが、そんなことで臆するような意気地無しは一人もいない。  白襟を入山型に染め抜いた揃いの火消し装束に身を包み、新雪を踏みしめ、粛々と進んでいるつもりで千太は、近所の洟垂れ五、六人を手下に、ぬかるみを蹴立てて隣り町へと討ち入った。 「うわっ、やられた。鉄砲とは卑怯なりぃ」  お調子者の清助が、芝居がかりに、きりきり回って、ばったりと倒れる。  敵もさるもの。小石を芯にした硬い雪玉を沢山作って待ち伏せしていたのだ。 「おのれ猪口才な。この間の遺恨覚えたるか!」 「千ちゃん、それァ由良之助じゃないよ。塩谷(えんや)判官(はんがん)じゃねえか」 「うるさいやい。雑魚に構うな。目指すは師直(もろなお)の首ただ一つ。かかれぇーっ」  わっと喚声が上がり、千太が言うところの師直は、あっと言う間になます切りになる。 「ひどいや千ちゃん。これァ師直じゃないやい」  亀吉が半べそになり、 「やいやい、てめえら。よくも俺の雪達磨をぶっ壊しやァがったな!」  それまで面白がって見ていた与七が、思わず血相を変えて飛び出した。 ※大星由良之助は大石内蔵助、塩谷判官は浅野内匠頭、高師直は吉良上野介。  芝居の仮名手本忠臣蔵では、そういう名前になっています。時事ネタをそのまま芝居にすると、たちまちお咎めを受けてしまうので、ムカシの話ですよという体になっているのです。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加