一騎打ち

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一騎打ち

 どうにも雪の多かった年が明け、新玉(あらたま)の春。  春とは名ばかりの江戸は、正月早々からまたうっすらと雪化粧をしたが、その雪も熄んで今朝はいい風が吹いている。 「ヤァヤァ我こそは、千本刀の武蔵坊弁慶なり。おのしのその首、もらったぞ」 「なんの、こっちは義経じゃ。返り討ちにしてくりょう」  わっと弁慶が襲いかかれば、ひらりと義経がかわす。  ぶぅんと唸りを上げながら、二枚の凧が、絡み合うようにして舞い上がったり、また舞い下りてきたりした。  凧には、雁木(がんぎ)という鉤型の小さな刃物が付いており、これで糸を切って相手の凧を宙に飛ばしたり、絡め取ったりする喧嘩凧だ。  京の五条の橋の上なら、最後には牛若丸の義経が勝つと決まっているが、江戸の両国橋の上では、そうはならなかった。  あっ、と言う間もなく、糸を切り飛ばされた義経が、きりきり回って落ちていく。 「亀やん、ずるいや」  亀吉の凧は、下谷の堀竜(ほりりゅう)で売り出す二挺雁木の喧嘩凧で、めっぽう強いと「ともらい凧」の異名で恐れられている。子どもがおもちゃにするには、ちょいと高直(こうじき)な品だった。 「ずるかないやい。これで、雪達磨の仇を取れって、ちゃんが買ってくれたんだい」  あかんべえをする亀吉に、半べそをかきながら千太はつかみかかろうとした。 「ばかだな、てめえら。弁慶と義経なら、お仲間同士だ。まちっと仲良くしろやい」  知らない小父さんが、笑いながら二人の頭を、こつんと小突いて行った。  雪晴れの江戸は、今日も平和だ――
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