3人が本棚に入れています
本棚に追加
一騎打ち
どうにも雪の多かった年が明け、新玉の春。
春とは名ばかりの江戸は、正月早々からまたうっすらと雪化粧をしたが、その雪も熄んで今朝はいい風が吹いている。
「ヤァヤァ我こそは、千本刀の武蔵坊弁慶なり。おのしのその首、もらったぞ」
「なんの、こっちは義経じゃ。返り討ちにしてくりょう」
わっと弁慶が襲いかかれば、ひらりと義経がかわす。
ぶぅんと唸りを上げながら、二枚の凧が、絡み合うようにして舞い上がったり、また舞い下りてきたりした。
凧には、雁木という鉤型の小さな刃物が付いており、これで糸を切って相手の凧を宙に飛ばしたり、絡め取ったりする喧嘩凧だ。
京の五条の橋の上なら、最後には牛若丸の義経が勝つと決まっているが、江戸の両国橋の上では、そうはならなかった。
あっ、と言う間もなく、糸を切り飛ばされた義経が、きりきり回って落ちていく。
「亀やん、ずるいや」
亀吉の凧は、下谷の堀竜で売り出す二挺雁木の喧嘩凧で、めっぽう強いと「ともらい凧」の異名で恐れられている。子どもがおもちゃにするには、ちょいと高直な品だった。
「ずるかないやい。これで、雪達磨の仇を取れって、ちゃんが買ってくれたんだい」
あかんべえをする亀吉に、半べそをかきながら千太はつかみかかろうとした。
「ばかだな、てめえら。弁慶と義経なら、お仲間同士だ。まちっと仲良くしろやい」
知らない小父さんが、笑いながら二人の頭を、こつんと小突いて行った。
雪晴れの江戸は、今日も平和だ――
最初のコメントを投稿しよう!