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痩身の女は言った。
「なんにも無いじゃないですかぁ。甲乙付けられないですよぉ。」
審査員達は皆、己の口で評価を語る。ただ意見は皆同様の物。
「ではまぁ、この作品には参加賞という事で先生、宜しいですかな?」
「そりゃ、そうなりますよ。私だってそう思いますし。」
審査員達と女教師は何とも言えない苦笑いを浮かべて、白いキャンバスに向き直った。
「この作品の作者……描いた子にとって、芸術とは何なのでしょうなぁ。」
「特に深く考えた事なんて、きっと無いですよ。そもそも、描いた子、ではないです。何も描いて無いんですから。」
「しかしなぁ。貴女の生徒であるこの子の作品はいつも、こういった白いキャンバスなんだ……。そして律儀に、タイトルだけはいつも違う。だから、実は何か描いてあるんじゃないか……と、思ってしまう。
些か、私の老婆心が強いのかね?」
それを聞いてか知らずなのか、席を外すタイミングを失っていた生徒も仕方無しに白いキャンバスに向き合うのを見て、老年の審査員は目を細める。
「お若いの。君はこの絵を、どう思うね?」
「……白いキャンバスですよ、ただの。」
「タイトルは『桜』なんだそうだ。」
「『桜』なんて、何処にも無いです。」
「そうかそうか。」
含み笑いを浮かべて、老年の審査員は他の審査員も引き連れ立ち去って行く。女教師も何やら手続きがあると言って何処かに行ってしまうと、後には生徒と白いキャンバスが残された。
「……なーにが、『桜』だ! 実際はホントに、オチでも何でもなくこの額縁の方が作品の癖に。何で絵画部門でコンテストに提出するんだ、コイツ。」
取り残された生徒は知っていた、この白いキャンバスがどう産まれているのかを。
この作品の作り手は、美術部の美品倉庫に篭って板枠を作って布を貼り、それに額縁を嵌める。それだけの事をすると、あとはずっと他の部員と駄弁っているだけ。
……ただ、話し相手が居ない時。例えば仲間が補習で呼び出しを喰らって一人の時。そんな時にその生徒は暇潰しのつもりか、白いキャンバスから額縁を外して何か小細工をしている。
此処、展示場で今その、白いキャンバスと対面している生徒は、それを知っていた。
「……気になるし、外してみるか。」
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