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序章 胎動
携帯電話の目覚ましアラームで目を覚ます。
「…………ん」
アラームに反応して、後ろから脇腹に置かれた腕が微かに動き、頭に頬ずりされる。
髪にかかる吐息がくすぐったい。
それが当たり前の朝。
眉目秀麗、才色兼備、天使の血を色濃く受け継いでいるこの青年は、どうやら朝に弱いらしい。
同棲を始めて早1ヶ月、青年が先に起きたことはない。
葵は、恐る恐る脇腹の腕を避け、そっとベットを抜け出す。
そして足早にトイレへと飛び込んだ。
(急がないとっ………)
トイレのあとは洗面所で慌てて顔を洗い、化粧をする。
別に、スッピンを見せていない訳ではないし、化粧をしたところで変わり映えするかと言うと、そうでもない…が、鏡に向かって真剣な顔で化粧をする姿を見られるのは抵抗があるのだ。
以前は別々の部屋があり、眠る時だけ一緒だったから、トイレも洗面所も完全に個別だった。
同じ部屋で暮らし、トイレも洗面所も共同となると、センシティブな部分がかなり多い。
恋愛初心者にはハードルが高過ぎた。
化粧を終え、こっそり寝室を覘く。
足音を忍ばせベットに近づき、葵は腰を下ろした。
先程まで自分がいた腕の中に枕がある。
大概、葵が腕の中からいなくなると、こうなっている。
何かを腕に抱いて眠るのが癖のようだ。
変に意識して眠れない時もあったけれど、今はこの腕なしに一人で眠れる気がしない。
十代の幼さが露わになる要の寝顔は、未だに違和感が残るが、最近は可愛らしく見えたりもする。
葵はそっと要の前髪に触れた。
その手を要が捕まえる。
「おはよ、要くん」
声をかけると長い睫毛に縁取られた瞼が開いて、要はゆっくり体を起こした。
「おはよう、葵さん…」
背後から腕が回され、抱き寄せられる。
背中から伝わる温もりが心地良い。
細いけれど、しっかりと筋肉のついた力強い腕の中はとても安心する。
同棲のハードルなんか、とても些細に思えてくる至福のひと時。
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