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墓守の男と新世界
男は墓を作った。墓標、遺体、遺骨、いずれもない、空虚な墓だ。
シャベルを突き立て、土を掘り、そうしてできた穴に土を放り、シャベルで叩いて固める。それだけの粗末な墓を延々作り続け、雑草が茂っては墓を作り直し、もう何年になるのか。かつては艶があった黒髪は真っ白に染まり、体や顔の随所にシミやシワが目立つようになった。老人と、そう呼ばれる年代になったのだ。
ここは墓場。鬱蒼とした山の中、開けた場所に作られたこぢんまりとしていた住宅の裏庭を利用して作った、墓場だ。木々が茂って道らしい道もない山の中に墓場を作るのは困難と判断して裏庭を借りてしまったが、かつて綺麗に花々が咲いていた場所に墓場を作り続けるこの行為に、ときどき、罪悪感を覚える。帰ってくる住人はもういないとわかっているのに。おかしなものだ。
ふと、聞き覚えのある鳴き声が耳に触れた。声の方を見てみれば、大柄な茶色い毛並みの犬が駆け寄ってきている。彼女は小吉。男の馴染みの犬である。
「久しぶりだな。前に来たときはまだ……暑い頃だったか」
今では肌を突き刺すような寒気が世界を覆っている。厳しい冬が、また来たのだ。
犬は男の声に返答するように、一言吠える。頭を撫でてやると、男のかさついた手を舐めてくれた。丸まった尾をちぎれそうな勢いで振っている。寒さに苛まれ、動きづらさを感じていた指先に熱が宿り、ほんの少し、動きやすくなる。「ありがとう」と礼を告げた。
「やっほー!」
遠くから、今度は人の声が聞こえてくる。墓場に走って飛び込んできたのは、小柄な十代半ばほどの少女だ。寒いのか、たっぷり着膨れするまで着込んでいる彼女は、とても走りづらそうなもたついた動きでこちらに向かって駆けてくる。男の目の前で止まると、白い息が塊になって吐き出された。
「久しぶり、おじいちゃん!」
彼女は老人をおじいちゃんと呼ぶ。血縁関係はない。
「そうだな」
少女の名は梅子。小吉の飼い主で、この滅んだ世界を旅している。
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