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「……あれは、六月の酷い雨の日でしたね」
店長はコーヒーカップを膝の上で両手で包むように持ち、遠くを見詰めながら話を始めた。
「わたしは一人で店番をしていました。アーケードは雨を凌げるので、傘を畳んだ通行人が行き交うのを、カウンターからなんとなく眺めていたんです」
店長は、まるでその日と同じように窓の外を眺めながら、口許を緩ませる。
清貴はカウンターの中で、何も言わずに話を聞いていた。
「すると、知り合いの女の子……いえ、女性が店に入ってきたんです。ずぶ濡れだったので慌ててタオルを持って駆け付けたんです。タオルを手渡す直前、彼女が泣いていることに気が付きました――」
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『何かありましたか? 大丈夫ですか?』
わたしがそう尋ねると、彼女は、ふるふると首を振る。
『そうですか。とりあえず、タオルを……』
彼女の頭にタオルをかけた瞬間、彼女はわたしの胸に飛び込んできて、
『好きです。あなたが、亡くなった奥さんのことをずっと想っているのは知っています。それでも、好きなんです。私はあなたの側にいたいんです』
*
「――と、このように言ってくれまして……」
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