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ホームズさんは、短冊に視線を移し、
「せっかくですから、書きましょうか」
胸ポケットに入っているペンを取り出して、私に差し出す。
「……はい」
私はペンを受け取って、短冊に願い事を書き始める。
私の願いは、たったひとつだ。
こんなふうに、私を翻弄し、いけずな彼。
だけど、私は彼を本当にすごい人だと尊敬している。
何度、彼の隣にいることに、気後れしただろう。
――尊敬する人の隣を、堂々と歩いて行ける自分でありたい。
そう書いて、小さく息をつき、裏返しにした。
「なんて書いたんですか?」
ホームズさんも自分の願い事を書いていたようで、こちらに向かって上体を乗り出した。
「え、いえ。内緒です。ホームズさんは?」
「それでしたら、僕もナイショです」
ええっ、と声を上げる私に、ホームズさんは愉しげに笑う。
「今夜は七夕ですし、一年に一度再会できた恋人を祝って、店が終わったら、僕たちもデートしませんか?」
「あ、はい、ぜひ。どこに行きましょうか」
「そうですね。祇園で食事をしたあと、今日は父がいないので、マンションに来て、コーヒーでも……」
意味深な目で見られて、私はその意図を感じ取り、頬が熱くなるのを感じながら、黙って頷く。
「かつての彦星なら、店を放り出して、マンションに連れていってしまうんでしょうね」
そう続けたホームズさん、私はゴホッとむせる。
閉店後、お茶屋さんの笹にこっそりと短冊をつけて、私とホームズさんは、食事に向かった。
二人とも無記名だったけれど、ホームズさんの書いた短冊は、名前を書いていないというのに、アーケード中の人に気付かれることとなる。
その短冊には、とても綺麗な字でこう書かれていた。
――願わくば、愛する彼女が、ずっと僕の側にいてくれますように。
~fin~
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