ワイプの彼女

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 夜九時頃、久しぶりに家の固定電話が鳴った。固定電話が鳴るなんて、最近ではめったになかったので、少し驚いた。でもとりあえず出ることにした。 「もしもし」  固定電話にかかってくるのは、大体が営業の電話だ。勧誘など、面倒くさい電話はいやなので、自分の名前は告げない。 「もしもし、山之内さんのお宅ですが?山本と申しますが・・・」 「お、久しぶり、山之内だよ」  電話は、卒業した中学校の同級生からだった。仕事関係や他の友達にも、何人か山本姓はいるが、すぐに彼だと分かった。同級生の山本君だ。出席番号があいうえお順だったから、最初の頃は席が近く、よく話もしたからね。 「今年の十月、五年ぶりに全体の同窓会を開こうという話になったんだけど、山之内は来れるかな」 「え、やるの?大丈夫だよ、ぜひ会いたいな。山本は元気か?」  以前の同窓会から、もう五年もたってしまったのか。あっという間だったな。来年は四十路だよ。  それから二十分程いろいろな話をして、電話は切れた。電話の後、なぜか急にノスタルジックな気分になり、中学校の卒業式や、五年前の同窓会で撮った集合写真を探しだした。 「山本も俺も、それほど変わっていないと思うけどな」  などとつぶやきながら眺めていると、卒業式の写真の右上(ワイプというのかな)が、白くなっているのに気がついた。ここは多分、写真撮影日に欠席した人が写っている場所だと思うのだが・・・。でもこの場所に写っていた人、ごめん、誰だったかはもう覚えていない。やっぱり後から映り込ませた人の写真だから、消えてしまったのだろうか。まあ四半世紀ほど経っているから仕方ないのかな。  でも誰だったか気になったので、浮かんでくる同級生の名前と写真に写っている人をマッチングさせてみた。すると、案外覚えているもので、数人を残して、見事にマッチングした。まあ数人を残して見事というのもなんだけど。  次に、五年前の同窓会で写した集合写真を見た。すると、この写真にも空白になっている場所があった。この写真は同窓会当日、参加した人だけが写っている写真だ。だからみんな普通に写っているはずだ。それなのに、何だこれは。ちょっと怖くなった。  こちらも卒業式の写真と同様に、同級生の名前と写真の顔をマッチングさせてみた。すると、みんなマッチングできた。ただ、白くなった人を除いて。 「いったい、誰だったんだ」  二、三日は気になっていたが、一週間もすると、その現象すら忘れてしまった。  それから数ヶ月過ぎて、同窓会の日が近づいてきた。僕は前日の夕方、高速バスに乗って、帰省することにした。  年に一、二回は帰省していたので、車窓からの風景に久しぶり感はない。でも同級生に会うことはほとんどなかったので、同窓会を楽しみにしていた。  翌日の同窓会には、各クラス二十人程出席していた。五クラスあったので、全員で百人ほど。全員知っているはずだったのに、五年もたてば顔も変わる?お化粧がうまくなる?髪型も変わる?薄くなる?同じクラス以外の人は、半分以上名前が出てこなかった。仕方なく、僕はみんなが首から下げた名札を見ながら話しかけた。  同窓会が始まると、幹事から出席された先生の紹介や近況、亡くなった方の発表などがあった。 『三組、岡崎玲子さん』  え、岡崎?岡崎玲子さん?そうだ、彼女のことを忘れていた。もしかしたら、写真の白い場所の人は、岡崎玲子さん?  岡崎さんといえば・・・。  僕の通っていた中学校は、主に近辺の二つの小学校から卒業した生徒が入学してくる。僕と彼女は違う小学校だった。二年、三年と同じクラスになったけれど、最初の頃はほとんど話したことがなかった。同じ小学校からきた男子には人気があったらしい。僕も細身できれいだな、とは思っていたけれど。  僕の家は洋品店を営んでいた。ただ田舎の店なので、衣類の他にも、雑誌やお菓子類も多少扱っていた。冬になると、肉まんやあんまんも売っていた。狭い店の中にごちゃごちゃと、すごい?ひどい?店だ。  彼女は僕の家の近くの塾に通っていた。塾が終わると、僕の家で肉まんかあんまんを買うのが習慣だった。いつもは話し上手な僕の父が、彼女の話し相手になって、数分話してから帰っていく。父が不在の時は、店番をしていた僕が売る時もあった。でもその時はほとんど話もせずに帰っていった。 「今日は相手がおやじじゃなくてごめん」  心の中でいつもそう思っていた。当時は思春期、照れてしまって、僕には話ができなかったのだ。今思えば、ちょっと残念だったかな。  でも彼女とは高校も同じだった。さすがに高校生の頃には、普通に話ができるようになっていた。  彼女は高校ではマドンナ的な存在だったようだ。僕が彼女と話していると、なぜか羨ましがられた。 「何で岡崎さんと話してるんだ?」 「お前、もしかして彼女と付き合ってるのか?」  僕と違う中学校から入学してきた人には、僕みたいな普通の男がマドンナと話しているなんて、不思議で仕方がないのだろう。でも僕としては、彼女に対して、好き嫌いの感情がないから、普通に話せていただけだったのだ。  それに当時、僕には好きな女子がいた。だから岡崎さんに対して、恋愛感情は全くなかった。ただ、きれいだな、とは思っていたけれど。  彼女は上級生からも人気があったようで、僕に対して、嫉妬からくる嫌がらせも何度かあった。でも僕はきれると手がつけられなくなる。それを知っている同じ中学出身の上級生もいたので、大きな問題にはならなかった。 「おはよう」 「さよなら」 「元気?」  ただのあいさつだけの日もあれば、先生の悪口を言いあったり、時々恋愛相談みたいなこともしたりされたりしたこともあった。気がつけば、女子だけど仲のいい友達になっていた。  でも高校を卒業してからは、一度も会うことがなかった。前回の同窓会では会っていたはずだけど、一言も話さなかった気がする。僕は久しぶりに会う野郎同士の会話で盛り上がっていたから。 「玲子、心臓が悪かったみたい」 「子供の頃から、病気がちだったからね」 「実は俺、彼女のことが好きだったんだ」 「え、俺もだよ。今日会えるかと思っていたのに、寂しいね」  クラスの仲間が、彼女のことを話していた。でも僕は彼女を忘れていたという罪悪感があって、その会話には入らずにいた。 「岡崎玲子さん、忘れていてごめんなさい」  同窓会が終わり、帰りの高速バスの中、僕は心の中で謝罪をした。 「もし僕が早く亡くなっていて、みんなから忘れ去られていたら、あの世でどう思っただろう。きっと寂しく思っただろうな」  家に着き、僕は卒業式や前回の同窓会の時の写真をまた取り出した。彼女のためにも僕のためにも、せめて合掌くらいはしないと。  すると、空白だったはずのあの場所には、優しい笑顔の彼女が写っていた。
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