言葉を交わせない君に、ありがとう

　僕は「順」の字が一般的には「じゅん」と読むと知ってしまってからだろう、「一般的」というものをすんなり受け入れなくなった。
　そうだよ。「一般的」な見解はあったっていいけれど、僕はそれを疑って見るという厄介な癖を小学生の時から持ち続ける。
　メアリーに注いだ愛情を「一般的」に見たらどうなるか、何となく予想はつく。
　で、それで？　という話なのだ。
　これはそういう話。

　後輩が出て行って、僕はそれでも最大限の冷静でもってメアリーの顔にガーゼを当てた。
　まるでヴェールをかぶった花嫁みたいに。
　僕は肩を震わせながらメアリーを腕に抱いた。
「ああ……綺麗だね。素敵な衣装だよ」
　それから抱き合って泣いた。
　ガーゼが濡れる。
　こぼれた涙は冷たくなってガーゼに溶けていく。
　僕はそこに口づけをした。
　でも君は、「愛される」ことが運命なんだ。「ある特定の誰かに」はそこに含まれない。
「……じゃあね。ありがとう」
　濡れたガーゼに包まれた君。
　最初で最後の晴れ姿。
　濡れに濡れて僕を見送る君。
　僕は君といて幸せだった。