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夜眠れない時、私は羊のぬいぐるみを抱いて眠っていた。
小学生の時は許されたのに、中学生になるとぬいぐるみは没収された。
その日は辛くて眠れなかったのに、何日かすれば羊のぬいぐるみがいないことにも慣れて行った。
大人になれば、そんなことすら覚えていなかった。
「やあ。久しぶりだね」
夢の中で黒い羊が語りかけてくる。
朦朧とした意識の中で、この羊はあのぬいぐるみだ、と漠然と理解した。
「あなた……いたんだ」
「いつもいるよ」
「夢になんて出てきたこともなかったじゃない」
「君が望んだから、出てきたんじゃない?」
夢なのに夢だとわかっているなんて、不思議だ。
これが明晰夢なんだろうか。
「わからないけど、もしあなたがあの時のぬいぐるみなら、お願いがあるの」
「ほう、なんだい?」
「わたしの代わりに、あの子を守ってほしい」
この夢の中に迷い込む前の記憶が少しずつ鮮明になって来る。
私は愛娘と主人と一緒に車に乗って出かけていた。
そして反対車線から、突然トラックが……。
「私のことはいいから、あの子を守って。あの子が悲しみで夜眠れない時は、そばにいてあげて」
「そんなことでいいのかい?無欲だなあ」
黒い羊はふんわりと私の元へ降りてきた。
夢だというのに、触れれば、毛皮はぬいぐるみと同じようにもふもふとしている。
「君は僕という羊を飼った。寂しくても羊を小屋に戻し、毎日一人で眠った」
「?ぬいぐるみから離れて、ひとりで眠っていたと言いたいの?」
「あの時の僕は、君にとってあのぬいぐるみだった。僕は君が育てた君の魂のカケラ。君から離れれば、誰かが負うべき悲しい運命を、代わりに背負うこともできるだろう」
「どういうこと?」
「この世界は誰かが負わなければならない理不尽や苦痛、悲しみがあるんだ。同じ数だけの優しさも幸福も。大抵の者は抗う機会も隙もなく、飲み込まれて消えていく」
黒い羊は私の手から離れた。
「もう行くよ。これからは君は一人だけど……ああ、君はもう一人じゃないんだったね」
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