一人語りのキャンパス

2/4
11人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
 シュッと霧吹きでイーゼルに乗せた、真っ白なキャンパスに水を掛けた。  こうすることで、キャンパスの張りが良くなるからだ。  高校二年生の橘愛梨は美術部の部室で一人、キャンパスに向かっていた。  他の部員は居ない、先輩たちが卒業してしまって。部活に残ったのは愛梨だけだった。  キャンパスが乾くのを待っている間に、絵具の用意を始めた。  その他にも、筆、溶き脂を入れた油壷、筆洗い油、ペンティングナイフ、パレット、ぼろ雑巾。用意するだけでも、油絵は時間がかかる。  キャンパスが乾いたのを手で触って確認し、下絵を描き始める。  モデルや絵画の題材は手元にない。完全に想像の中の絵を愛梨は得意としていた。  下絵が済むと、おおまかに色を塗っていく。こういう時ペンディングが便利だ。ただ、多用するとのっぺりとした絵になってしまうのが難点。ほどほどに、下塗りを終えた。  次は筆で描き込みをしていく。愛梨はこの瞬間が最も好きな時間だった。  深い影をより明確に、光の当たるところにはホワイトを混ぜた絵具を乗せていく。  徐々に仕上がる、その絵は。去年卒業した高田先輩の笑顔だった。  卒業するのを分かっていながら、告白できずにいた。  そんな思いが今更湧き上がってきて、筆を走らせていた。  よく見ると、美術部の部室は、高田先輩の色んなポースを決めた物であふれている。  完全なる自己満足のその作品で、文化祭に出すわけにはいかないから。ちゃんとした物を一作でもいいから掻き上げなければいけない。  分かっているが中々、別の題材に取り組めないでいた。  そんなある日、高田先輩が急に部室に顔を出した。 「いよぉ、橘。元気でやってる?」  愛梨は急いで、高田先輩を描いた絵を隠そうとしたが、数が多く隠しきれる物ではなかった。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!