第1章

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川上喬の正体は、意外なところから判明した。 ようやくマンションにたどり着き、ポストの名前を見たときに、不意に思い出したのだ。 そういえば、隣人も川上という名前だったな。たまにエレベーターなどで合わせる顔が頭に浮かぶ。 でも、別人だ。隣人は50代半ばくらいの中年男性だ。しかしその字面から、連鎖的に、あることを思い出したのだった。 川上喬という名前の男が、式の招待客の中にいたことをーー。 僕の友人代表として乾杯の挨拶を務めた男だ。 『ただ今紹介にあずかりました、片山洋と申します』 マイク越しの声で、彼はそう名乗った。片山洋。席次表にもその名前が書いてあった。 けれどそれは、偽名だ。本名は、川上喬という。歳も、僕と同級生ではない。 偽名を使う必要があったのは、彼が、本当の僕の友人などではないからだ。 中学で不登校になって以来、16年も引きこもっていた僕に、結婚式に呼べるような友達がいるわけもない。しかし美咲にはそのことを言えずにいた。 そこで思いついたのが、前にネットで見た「代行サービス」というものだった。事情があって結婚式に家族や友人を呼べない、しかし呼ぶ必要があるときに、まったく知らない人たちが、その場限りの友人を演じてくれるのだという。金さえ出せば、本当になんでもーー友人や家族ですら簡単に調達できてしまうのだと、つくづく感心した。 彼とは、今日が初対面だった。やりとりは、式の日取りが決まってからずっと、メールで交わしていた。なかなか気さくな人だった。 『たかしって読むんです。変わってますよね。誰にもそう呼んでもらえないんですよ。笑』 メールでたしか、そんなようなことを言っていた。たしかに変わった字だと思った。 そう、川上喬、35歳、それが彼の、本当のプロフィールだった。 そして彼の色はーー美咲と同じ、白色だった。 僕は隣ですやすやと眠る美咲の美しい顔を見た。呼吸に合わせて、胸がゆっくりと上下する。 どくん、と胸が鼓動を大きく打った。なにか、嫌な予感がする。 なんだ、この胸騒ぎはーー
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