告知義務のない事故物件

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事故物件は正確には心理的瑕疵物件といって、入居者には事前に告知しなければならない。 不動産会社は大抵、ある程度家賃を下げて入居者を募集し、心理的瑕疵について告知する。 そして多くの場合、誰かが一年から二年ほど住んでくれれば次の入居者には告知する必要はなくなる。 過去に誰かが死んだ事実は変わらないが、いちいち教えていれば借り手がつかない。 何より心理的瑕疵とはそう珍しいものでもないのだ。 誰も彼も病院で亡くなるわけでもないのだから。 俺は302号室について先輩に訊ねた。 何故この部屋だけずっと空室のままなのか。 募集をかけないのかと。 先輩は「オーナーの都合」だとか「本部の意向」とはぐらかそうとした。 しかし俺が「心理的瑕疵物件ですか?」と問うたところ、観念したのか心底面倒くさそうに教えてくれたのだ。 「その部屋は告知義務のない心理的瑕疵物件なんだ」と。 告知義務がないとは一体どういうことか。 考えられるのは、事故が起きた後に新しい入居者が暫く住んだ後である可能性。 ところがこの部屋は、いや、このマンション自体今まで入居者が亡くなったことはないのだという。 それじゃあ隣室の住人に問題があるのか。 部屋に欠陥があるのかもしれない。 先輩は辺りを見回し、誰もいないことを確認してから小声で言った。     
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