告知義務のない事故物件

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ゾクリと背筋に悪寒が走った。 先輩は「触らぬ神に祟りなしだ」と言うと、そそくさと仕事に戻って行った。 大丈夫じゃない、ということはつまりその社員も犠牲になったということだろう。 契約一歩手前。 実際に部屋で亡くなったわけではないから告知義務が発生しない。 これは事故物件といえるのだろうか。契約しようとするだけで人が死ぬ部屋。 俺は開かずの302号室の存在に怯えると同時に、奇妙な好奇心を抱いていた。 当然引っ越しシーズンともなればそのマンションの空き部屋に内見希望者が殺到し、俺が実際に客を連れて内見に行くこともあった。 その度、未だ誰も住んだことのない開かずの302号室を意識せずにはいられなかったし、301号室の内見の時は思わずベランダの隙間からちらりと302号室の様子を伺ったりもした。 よせばいいのに、無知で若い好奇心は止められなかったのだ。 暫くしてから人事異動でエリアマネージャーが変わった。 昨今の業績不振が響いていたようだ。 元々ブラックな職種だが、新体制に変わってからそれに拍車が掛かった。 各店舗ごとの契約数のノルマは厳しくなり、月の残業は60時間を優に超えた。 四の五の言わずに契約、オプションサービス加入を増やせがモットー。     
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