サイード~幸福になる為に~

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    *    *    * 「ノア!」  あれから、六年が経った。痩せっぽちで小さかったジョンは、逞しく成長し、身長はほぼ僕と変わらなくなっていた。  『ビストイェク(21)』という名前は、戦士としての洗脳を解くのに障害になると判断され、彼には『ジョン・スミス』という仮の名前が与えられた。  前線基地に帰ってすぐにジョンの火傷を治療したけど、やっぱり僕の見立ては正しくて、左頬に少し痕が残った。  でも駆け寄ってくるその笑顔は、少年兵だった頃には見られなかったもので、とても美しいと思う。 「ノア、包帯持ってきた。まだ要るか?」  六年の間で、ジョンはすっかり英語を身につけていた。 「いや、これだけあれば足りるだろう。ありがとう、ジョン」  六年間ずっと変わらない『ご褒美』として、ブラウンの巻き毛にポンポンと掌を乗せる。ジョンは、嬉しそうに大きな瞳を細めた。  僕はあのあと、兵士から戦場医師に鞍替えし、ジョンはそれを手伝うようになっていた。政府支給の、揃いの迷彩パンツにTシャツで、傷病兵の世話をする。  もう『ご褒美』の要る年齢ではないと分かってはいるものの、笑顔が見たくて甘やかしてしまう。幼い頃から死地に立っていた事を思うと、いくら甘やかしても足りない気がして。 「ああ、ジョン。一区切りついたら、アカシアの木のある丘に行こう。話がある」 「ん? 何の話だ?」 「その時に話す」 「ん……うん」  その時、前線で撃たれた兵士が運ばれてきた。腹に弾が残っていて、緊急の手術が必要だった。 「ジョン! 脱脂綿を両手いっぱいに持ってきてくれ!」 「OK!」  前線では、慢性的に医療器具も薬も足りない。結局、日が暮れるまでに何とか手術を終えて、後始末が終わる頃には、もう暗くなっていた。 「ジョン、遅くまで悪かったな。丘に行こう」  医療テントを抜け出して、星の瞬く夜道を行く。人工的な灯りはなかったけれど、月明かりと星明かりで充分だった。  丘をひとつ越えて、アカシアの木の下に、腰かける。先に腰かけた僕の背に背をつけて、ジョンは背中合わせに座った。 「ジョン。いや……サイード。誕生日おめでとう。こんな戦場じゃ気の利いたプレゼントは用意出来なかったけど、これがプレゼントだ」  背中合わせに座ったまま、目を合わせずに小箱を後ろ手に滑らせる。
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