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「サイード?」
「君の本当の名だ。君は、ドッグタグをつけていた。アラビア語で、『ビストイェク』と書いてある。それと、生年月日や本当の名前も。君の本当の名前は『サイード』だ。君はアラビア語が読めなくて、あの時に伝えるにはあまりに辛い真実だと思われたから、伏せられたけどね。今日、君は二十歳の誕生日を迎える。だから、新しい方が、僕から君へのプレゼントだ」
小箱には、ふたつのドッグタグが入っていた。ひとつは、焼けてすすけたアラビア語表記のもの。もうひとつは、シルバーにピカピカと星明かりを反射する英語表記のもの。
新しい方には、『サイード・メイソン』と刻印されていた。
ドッグタグの金具が、しゃらりと小さく音を立てたあと、しばらく沈黙が落ちた。と思ったら、ジョン……いや、サイードが、静かに熱のこもった声で呟き出した。
「俺……ノアの、さらさらしたシルバーグレイの髪が好きだ。フォレストグリーンの目の色も。肌の色だって俺と違って白くて綺麗だし……俺、俺も、アンタが好きだよ」
その突然の告白に、僕は小さく噴き出した。それは、まるで。
「なんだい、いきなり。口説かれてるような気分になるよ」
「口説いてきたのは、ノアだろ? ここに、『サイード・メイソン』って書いてある」
「ああ。君とは、家族も同然だからね」
「結婚しようって事だろ?」
「え?」
その発想はなかった。第一僕は宗教上、同性愛は禁じられている。だけど何だか火照る頬を人差し指でかきながら、言い訳がましく早口で否定した。
「それは違う、サイード。君の宗教だって、同性愛を禁じているだろう?」
「俺の神は、『他人の家を暴いてはいけない』と言っている。だから、こっそりならいいんだ。誰も、俺たちの仲を暴く事は出来ない。禁じているのは、『婚前交渉』だ。だから、ノアが結婚の承諾をしてくれたら、俺は今すぐアンタを抱きたい」
「抱っ……」
僕は、言葉を失った。小さくて痩せっぽちで、幼かった筈の『ビストイェク』は、いつの間にか逞しい『サイード』に育っていた。
背にグッと体重がかかって、視線は合わないまま手を握られる。
同性愛は、禁止……。僕の中で、警鐘が鳴っている。夜のしじまにうるさいほどのそれは、気付くと僕自身の鼓動の音だった。
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