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「結婚してくれ。ノア。じゃないと俺は、サイードにはなれない。ジョンのままだ」
『サイード』には、『幸福』という意味がある。何も贈るものなどなかったけれど、『幸福』という名前を贈って君に本当に幸せになって貰うのが、最大の贈りものだと考えていた。
それが、こんな成り行きになるなんて。
「それに、この黄色いアカシアの花言葉は、『秘密の恋』だって聞いた。みんな、この木の下で、愛し合うんだって」
医療テントから近からず遠からず、確かにそこは、身も心も傷付いた兵士たちが、束の間の安息を求めて身体を重ねる場所になっていた。
まさか、子供だとばかり思っていたサイードに、そんな事を吹き込んだ奴が居たなんて! 少しの怒りと、急激な恥ずかしさが襲ってくる。じゃあサイードは、そのつもりで……?
「ノア。返事をくれよ」
背にかかっていた体重が消え、後ろからきつく抱き締められる。
「だっ、駄目だ……同性愛は、禁止……」
「アンタの神は、了見が狭いな。禁止とかじゃなくって、アンタの返事を聞かせてくれよ」
自信満々にも聞こえる台詞だけど、緊張か恐れか、その声は微かに震えていた。
嗚呼。神様……! 愚かな僕に、お慈悲を……!
「愛してる。ノア」
「……く、も……」
「ん? 聞こえない、ノア」
「僕もだ、サイード……」
途端、まばゆい満点の星空が、眼前に降ってきた。僕は君に組み敷かれて、唇が触れ合う。
熱い、熱い唇。そっと触れ合うだけの口付けのあと、柔らかく下唇を吸われる。リップノイズが、やけに大きく聞こえて、体温が上がった。
「俺……幸せだよ、ノア」
感極まったような声音は、やっぱり震えている。
「ああ……君は、幸福になっていいんだ。『サイード』の名前に祝福された、神の子なのだから」
「呼んでくれよ」
やっぱり熱い掌が、Tシャツの裾から入ってきて胸板を彷徨う。
「あッ……サイードっ」
「もっと」
「ん・あ……サイード、サイー・ドっ」
「ノア」
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