俺に優しくしてくれるのはコイツだけ

5/7
前へ
/7ページ
次へ
「そんなアメリカちっくなことが実際にあったら、どんなに良かったか……」  部屋は俺が出ていった時から、何も変わっていない。  散らかった洗濯物。  溜まった食器。  飲みかけが入ったコップ。  現実という刃が容赦なく切りかかってくる。俺の心が既にボロボロだが、今は強い味方がいる。 「コイツがいるから、俺は頑張れたんだぜ!  一瞬だけ躊躇ったが、疲労した俺に正常な判断ができるわけもなく、汚れた食器の上に唐揚げを乗せた。 「おぉー美しい! このまま食べちゃいたいくらいだ」  といつつ、六個しかない貴重な一個を手づかみすると、口の中へ放り込む。 「んぅーまいっ!」  ほんの少しだけ冷めてしまったが外はカリカリ、中はフワフワ。  素敵で無敵な一味、幸せすぎる。  さっきのチキンは妄想だったが、コイツは本物だぜ。身体が、腹が、叫んでいる。もっと食わせろと。 「こんな贅沢をあと、五回も味わえるなんて……至高だ」  ふと俺はまだコートを脱いでいないことに気付いた。  焦る必要はない、時間はたっぷりある。  明日は休日。  こんな夜遅くに訪ねてくる、変な奴はいない。  本能に逆らうことなく、一気に唐揚げを平らげ、買ってきたワインを飲む。訪れる満足感や充実感に浸る妄想をする。 「うぅ、寒い……」  コートをハンガーにかけ、すかさずエアコンのスイッチを入れる。  すぐに部屋は暖まらないが、時間の問題である。  準備は整った。テーブル前に正座し、いざ行かん。理想郷へ。 ――ピンポーン  来客だ。  誰だ、こんな時間に。せっかく、俺だけの時間を楽しもうとしたのに。  立ち上がり扉を近づくと、 「邪魔するよぉ」  扉が勝手に開くと、目の前には俺の彼女がいた。 「何、唐揚げあんじゃん。1人パーティってやつ?」  ずかずかと部屋へ入ると、躊躇う素振りも見せず、俺の心を支えていたぬくもりを口の中へと放り込んだ。  この間、5秒。  声を出すこともできず、ソレは当然であるかのように行われた。あまりの出来事に俺の思考は停止した。 「どしたの。そんなところに突っ立って」  そんな俺の心情を気にすることなく、彼女は無邪気に笑う。  唯一の心の癒しが失われた瞬間だった。  何が起きたのか理解できなかったが、だんだん意識がハッキリしてきた。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加