エピローグ

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 今年は例年になく寒い日が続いていて、今日も夕方までみぞれ混じりの雨が降っていた。 「梨花さん、大丈夫?」  濡れた道路が滑るので足元に注意して歩くうちに、みんなよりも少し遅れてしまったらしい。  居酒屋に向かう集団から奈良橋くんが駆け戻ってきて、私の腕を引こうとしてくれた。 「ありがとう。大丈夫だから、君は先に行ってていいよ」  いつの間に現れたのか、透さんが私の腕をしっかりと自分の腕に絡めてから、奈良橋くんにシッシッと追い払うジェスチャーをしてみせた。  奈良橋くんは呆れたように肩を竦めたけれど、私が「ごめんね」と目で合図を送るとニッコリ笑って前の集団に走っていった。 「ったく。油断も隙もあったもんじゃないな」 「透さん、奈良橋くんはただ親切で」 「わかってるよ。同期のよしみで気遣ってくれるのはありがたいとは思うけど、俺の梨花に気安く触ろうとするからむかつく」  透さんは相変わらずで、私への独占欲を隠そうともしない。  今年入社した一課の江口さんは、「どうして梨花さんが、あんな怖い栗栖課長と結婚したのかわかりません」と泣き言を言っていた。  私と付き合うようになった二年前まで、透さんは社内一優しい男性だったと言っても、彼女は頑として信じようとはしなかった。  透さんはみんなに優しい人じゃなく、私にだけ優しい人になった。  その変貌ぶりにはカンナさんも驚いていた。 「つまり、私はそこまで彼を夢中にできなかったってことね。負けたわ」  私にそんな敗北宣言をしたカンナさんは、私たちの結婚式の直前に授かり婚で寿退社して、今では双子のお母さんをしている。  別に勝ったとか負けたとかいうことじゃないと思うけれど、透さんは愛妻家として取引先でも有名らしい。  休日には私が書いた小説を読んで、的確なアドバイスをしてくれる透さんはいい夫だと思う。  今でもTOMATOのユーザーネームで、温かいコメントを送ってくれることもある。きっと営業回りの電車の中で打ってくれるのだろう。  スマホに文字を打ち込む透さんの、照れたような優しい眼差しを思い浮かべるだけで、私の胸は高鳴る。  
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