第一章 勇者と魔王

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第一章 勇者と魔王

第1話 勇者は魔王城へ 「さあ勇者よ、ここから先はあなたの戦いです」  聖女が俺にかかっていた幻影の魔法を解いて、魔王城にむけて背中を軽く押した。  幻影が解かれた俺の髪はさっきまでの金髪から漆黒に変わり、まるで角のない魔族のように見えるだろう。 「いいか、しっかり戦うのだぞ。魔王に勝てば、お前も晴れて勇者として自由の身だ」  ガタイのいい槍使いが腕組みして偉そうに言い放った。  さっき魔王城の門番を切り捨てたその槍は、逃げようとすれば躊躇なく俺を切り裂くのだろう。 「このペンダントは、無事帰ってくるまで私が預かっておきましょう」  陰気な顔の魔法使いが、防御効果のある魔石のペンダントを俺の首から引きちぎった。  それはきっと俺の帰りを待つことなく、アルハラ国王のもとに届けられる。  魔族たちの国ガルガラアドの最奥にある王城、通称魔王城。その奥へと侵入するのは『勇者』と呼ばれる俺、ただ一人だ。ここまでの道のり、身を隠しつつ最小限の戦いでガルガラアドに乗り込んできた俺たち四人。勇者一行という名の同行者たちの本当の仕事は、実は俺が逃げ出さないように見張り、魔王城へと入るのを見届けることだった。俺は予定通り魔王城に押し込まれ、こいつらは仕事を終えて城に報告に戻る。 「勇者は魔王城に討ち入りましたが残念ながら力及ばず……」  アルハラ国王へと伝えられるセリフはもう決まっている。ここ数十年の間、何度もそうして、勇者ただ一人が魔王城に放り込まれてきたのだから。  味方であるはずの男の槍は、今、間違いなく俺の背中を狙っている。振り返れば、次は俺が切られるのだろう。まだ足元でうめく魔族の門番をまたぎ、俺は否応なく門をくぐった。ただ一人、地獄への門を。  ◆◆◆  魔王城は石畳のずっと遠くで、辺りから騒ぎを聞きつけた魔族たちが現れ始めた。忌まわしい黒い髪とその間から生えたねじれた角が、彼らを人とは違う異質なものだと感じさせる。 「だが、俺の髪も黒いな。ははは。化け物と同類か……」  このどうしようもない現実に、ついつい愚痴がこぼれだすのはしかたがないだろう。俺は改めて大剣を正面に構えてから、足元に充分な魔力を注いだ。  キンッ!  強化された足でのめいっぱいの高速移動は、いつも耳に負担をかける。キーンとうっとおしい耳鳴りはもう慣れたものだ。音は聞こえにくいが気にもせず、進路上の魔族を数人切り捨てて、そのまま振り返りもせずに城の中へと侵入した。後方ではタイミングが合わなかった魔法がいくつもさく裂して、石畳や木々を吹き飛ばしている。  魔族は人族よりも魔法が得意だ。しかし人族よりもずっと数も少ない彼らは、個人主義というのだろうか、あまり組織立って攻撃してこない。バラバラの攻撃は俺の高速移動に攪乱(かくらん)され、ただのひとつも当たりはしない。  城の中に侵入してしまえば、ますます俺の独壇場だ。 「何者だ!」 「亜人か!虫けらのくせに」  叫ぶ魔族のセリフがキーンという耳鳴りと一緒に頭に響いた。魔族は俺たち人族の事を亜人と呼び、魔力が少ないことを馬鹿にしている。そう。混ざり者と呼ばれる奴隷の俺までも、魔族から見れば亜人という同じ括り(くくり)なのだ。それがなんだか可笑しくて、俺は笑いながらその場を駆けた。  黒髪の俺たち一族は、黄金の髪を持つ人族からは忌み嫌われている。混ざり者、魔族の眷属とみなされ、見つかれば捕まり、奴隷として売られる。その中でも戦うのが得意な者は鍛えられ、剣闘士として見世物になり、ある程度以上の強さがあれば、こうして俺のように魔王城へと刺客として送り込まれるのだ。  城を出る時は、国民に向けて大々的に遠征をアピールされる。混じり者は金髪に見える幻影をかけられ、人族の勇者として大勢の人々に見送られる。国民はみな、大喜びだろう。  勇猛な勇者一行はしかし、魔国に入れば身を隠し無駄な戦いを避けてただただ奥地へと進む。その為の少人数編成だ。そして最後に奴隷である勇者だけを魔王城に放り込めば、あとはその魔王城での戦いは適当にでっちあげ、壮絶な最後も大げさに語り、歴代の勇者と並んで肖像が掲げられる。似ても似つかない金髪碧眼の美男子となって。そして主人である貴族には、褒賞が渡されるのだ。  そんな遠征が何度も行われたということは、魔王城に入った歴代勇者は、さぞかし死に物狂いで戦ってきたのだろう。戦わなければ自分が殺される。そしてもし魔王を倒せば、褒賞は自由の身。だが……。  ひたすら足に魔力を注ぎ、速さだけを追求し、城の階段を三段飛ばしで上へと向かう。これまで何度もあった勇者の来襲に備えて、戦えるよう場を整えている一階の大広間。それに対して上の階は磨き上げられ、豪奢に飾られている。今までの勇者はここまでは上がってこなかったのだろうか。  さすがに豪華な調度品や壁や床の被害を思うと、魔族たちも手が出しにくいとみえる。こちらに打ち込んでくる炎や氷の魔法の数がぐっと減った。それでもいくつかは飛んでくる氷の魔法の、そのうちのひとつを力技で剣で打ち払えば、氷の(つぶて)が壺に当たりガシャンと大きな音をたてて壊れた。ひっと息をのむ声がいくつも聞こえる。  たかが調度品のいくつかの為に、明らかに動きの鈍った魔族たち。所詮魔族といえど、人族と同じようなものなのかもしれない。人族の王城の調度品を思い浮かべて、あれが割れた時の王侯貴族の反応を想像すれば、こんな先のない戦いの場ですら、笑いがこみあげてくる。  二階の豪華で広い謁見の間のような場所から、さらに上に向かう一番広い階段を上る。それはいかにも玉座へと続いているように見えるのに、ここにきて魔族たちの攻撃の手は明らかに弱まった。しかも行く手を阻む様子もなくなり、逆に後ろから追い立てられるように前へ、上へと進まされる。  最初は先程と同じように、城の中を荒らされるのを恐れてかとも思ったが。 「これは……罠に嵌ったかな」  だが走る今更スピードを緩めるわけにもいかない。追い立てられるように大きなドアの前に立ち、力を込めて押した。それは見上げるほど大きな扉であるにもかかわらず、音もなくスッと開き、飛び込んだ俺の後ろでまた音もなく閉まった。  誰も追ってはこない。扉に手をかけると、今度はピクリとも動かない。 「閉じ込められた……のか。……そうか。ここが俺の最後の戦場か」 「ほほう、たった一人でここまで上がって来るとは。今回の勇者が見事なのか、それとも魔族のカスどもが情けないのか」  広間に澄んだアルトの声が凛と響いた。玉座から立ち上がったのは、一人の美しい少女だ。まだ成長途中らしきすらっと伸びた身体は、俺の肩ぐらいの身長だろうか。魔族にはとても見えない真っ白い髪を腰まで流して、魔族の角を模したきらびやかな黄金の冠を付けている。シンプルな赤いドレスは動きやすいミニ丈で、身体に似合わぬ大きなハルバードを手にして、俺の目をしっかと見据えた。 「おや、そなた……森の民か」 「森の民?なんだそれは。確かに俺たちは昔、森に隠れ住んでいたが」 「ふふふ。森の民は草原の民に飼われて己が起源も忘れたのか。情けなや。とはいえ、私もまた同じ囚われの身」  少女は玉座からひらりと飛び降りて、ふーっと大きく息をつくと、その赤い瞳を細めてにーっと笑った。 「我等のどちらかの囚われの時が、これで終わる。悔いなく戦え!」  少女のハルバードが風を切り唸り声をあげて、俺に襲い掛かってきた。
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