第二章 巨人の街

2/12
前へ
/98ページ
次へ
第14話 陽気な門番 「くあ?」  座り込んだ俺を心配そうに見上げるポチ。身体のあちらこちらを触ってみて、異常がなかったので、笑って大丈夫だと答える。  斜面を転がる時には大きな衝撃が二、三度あったが、ほとんどはゴロゴロと転がっていたので、どうにか身体強化で耐えられたようだ。  全身の打ち身の痛みはしかたがない。骨折しなかったことを感謝しよう。 「しかし、困るのは痛みよりもこれだなあ……」 「ぐええ……」  俺の服は、背中の部分がもうボロボロだ。擦り切れて穴が開いたり、切れて垂れ下がったり、肌も半分以上見える。胸当ては片方の肩のところが切れて、外れかけている。大剣は少し離れた場所に転がっているが、剣を吊るすベルトは切れてどこかで落としたらしい。そばに見当たらないので、崖の途中で引っかかったのかもしれない。かろうじて靴が残っていたのはラッキーだ。腰に巻いた食料の包みを取ると、中はジーナの実がつぶれて、酷いことになっている。 「ぐちゃぐちゃだなあ。うへぇ……ベタベタするぞ」  胸当ても外して、ポイっと投げ捨てた。どうせ穴だらけで、さして役にも立たないだろう。 「ま、いっか」 「くあ?」 「二人とも無事だったしな!」 「くえええっ!」  立ち上がって服を叩けば、もわっと土ぼこりが舞い上がった。あまりの酷い有様に、なんだか可笑しくなってしまう。  剣を拾って、どうせなら休憩ついでにと、食料のうち無事に残っている肉を、ポチと二人で分け合って食べた。潰れたジーナの汁で甘酸っぱい味が付いて、妙に美味くなっているのも可笑しかった。 「ふふ。あははは」 「ぐああ」 「いやあ、生きてるっていいな!肉がうまいぜ!」 「くえっ!」 「さ、町に行こうか。もういいさ、この格好で」 「くあ?」 「どうにかなるだろ」  崖沿いに滝壺のところまで行った。岩で跳ねた水しぶきがいくつもの虹を作っている。  絶え間ない波紋でキラキラと輝く滝壺の水をすくって、じゃぶじゃぶと顔を洗い、のどを潤す。ポチは俺の横から、滝壺に向かってザブンと飛び込んだ。落ちてくる水のそばまで行って、水の中に引き込まれそうになって慌てて戻ってくる。面白かったのか、それを何度も繰り返していた。  滝の上の洞窟にはもう戻れそうもないが、それもまた良いだろう。  新しい町へ。新しい出会いを求めるのだ。  思いがけない状況になって、逆に何かが吹っ切れた気がした。  また川に沿って歩くが、今度はゴールがどのくらい先か、滝の上から見たので分かっている。足を強化して普段歩く時の三倍ほどの速さで歩けば、二時間も経たずに崖下の森を抜けられるだろう。  俺の歩く速さに合わせて、ポチも駆け足になる。  森の中の景色は単調で、崖の上と違って実をつけている木はパッと見、見当たらない。ポチは相変わらず気まぐれに、ひょいっと森の中に入ってはしばらくして俺に追い付くのを繰り返していた。前はこれで美味しい食べ物を見つけてきたりしていたんだが、今回はお土産は無いようだ。  遠くで、ウゥゥと唸る声が聞こえる。 「狼か?フェンリルだったらまずいが」 「くえ」 「遠いな」 「くえっ」  こちらに近付いてはこないようだ。  狼も狼型の魔獣フェンリルも、腹が減っていない時にはむやみやたらと攻撃はしてこない。念のためポチにはあまり遠くへ行かないように言い聞かせ、足を速める。  川は徐々に幅が広くなり、向こう岸に渡るのが大変になった頃に森を抜けて草原に出た。  膝の高さの草に覆われた平地のその向こうには、高さが身長の倍くらいだろうか、頑丈そうな壁が見える。  人間の侵入よりは、おそらく魔物の侵入を抑えるためのものだろう。  壁に向かって歩いて行くと、分厚い木でつくられた門が見える。門は開かれていて、その両脇に門番が立っている。  どちらも筋骨隆々とした男で、褐色の肌に赤い髪、そして身長は俺より頭一つ分以上もでかい。その門番の一人が、俺を見て慌てて駆け寄ってきた。 「うぉ?おい、お前、大丈夫か?」  ボロボロの姿を見て心配してくれたようだ。話しかけてくる言葉は、共通語。言葉が通じる国でよかった。 「大丈夫だ。道に迷ったんだ。すまないが町に入れてくれないか?」 「道にって……」  いぶかし気に顔をしかめた門番は、俺たちがやってきた方向を眺めて、肩をすくめた。 「ははあ。さては崖に上ろうとしたな?大陸から来た人間はこれだから」 「まあ、死ななくて良かったじゃないか。大陸の人間はちびっこいのに元気だよな。がはははは」  もう一人の門番も笑いながら寄ってきて、俺の背中をバシバシ叩いた。若干魔力を注いで強化しなければならない程に。  どうせ暇なんだからと、気の良い門番が俺たちを日陰に引っぱって行くので、しばらく座って休むことになった。そのついでに、この町の事もいろいろと聞く。  門番の名前はヨリックとゲルト。二人とも陽気で優しく、交互にいろんなことを話してくれた。  この町の名前はアンデといい、俺が住んでいた大陸の南の海に浮かぶ大きな島国サイラードの辺境の小さな町だ。森に接しているので、魔獣の侵入を避けるために外壁を作っているが、人の出入りは厳しくない。  俺たちがやってきた森の奥には高くそびえ立った崖があり、……まあ、俺たちはそこを落ちてきたわけだが。その崖の上には楽園があって、辿り着ければ幸せになれるという伝説があるらしい。  その伝説を信じて崖を上り、毎年何人もの人が大怪我を負ったり死ぬことすらある。そして未だ崖の上に辿り着いた者はいない。  伝説のおかげで、この町には昔から、大陸の人間も多くやってくる。その為か、種族の差別意識が少なく、人族だけでなく、魔族もまた入り混じって普通に生活しているようだ。元々この島に住んでいたのはヨリックやゲルトと同じように大柄で赤毛の、体格の良いサイル人と呼ばれる人々だ。ゲルトは俺と同じ黒髪の森の民も、見たことがあるらしい。 「大陸の方じゃ、人族と魔族は仲が悪いらしいが、この国にくるようなやつはみんな、ぶっ飛んでるからな。いろいろ面白れえやつばっかりだぜ」 「そうなのか」 「おう。にいちゃんみてえに、ボロボロの半裸でやってくるやつも少なくねえから、心配すんな」 「そ、そうか」 「そういえばにいちゃん、金は持ってるのか?」 「……いや、それが持ってないんだ。落としてしまって」 「そうか。だったら冒険者ギルドに行ってみな。あそこはいつも日雇いの冒険者を探してるし、住む場所も貸してくれるぜ」  ゲルトがバシバシ背中を叩きながら教えてくれた。  船でこの国に渡った後、金がないからと町を迂回して直接崖に向かう者も多いらしい。俺は無茶をして崖上りに失敗した大陸からの冒険者ってことで、この町の冒険者ギルドにお世話になる事ができそうだ。
/98ページ

最初のコメントを投稿しよう!

844人が本棚に入れています
本棚に追加