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第15話 宿屋の娘ハンナ
門を通り抜けると、馬車も通れる広い石畳の道を、大勢の人が行き交っている。
この真っすぐな広い道が、ここアンデのメインストリートで、中央広場を通り抜けて反対側の門まで続いている。門番のヨリックが言うには、こちら側の門は裏口で、栄えているのは反対側の門の方らしい。中央広場を過ぎて少し先の左手に、冒険者ギルドがある。
ひとまずそこへ向かい、寝る場所と仕事の確保をしようか。
迷子にならないようにポチを抱きかかえ、通りを歩いて行った。
抜身の剣を持って歩くのは物騒だといわれたので、大剣はヨリックに預けてきた。後で冒険者ギルドの方に届けてくれるそうだ。武器を持たずに歩くのは少し心もとないが、聞いた話だと治安も悪くないというので、秘かに手足に魔力を巡らせつつ歩く。
道行く人の半数以上は、俺よりも背がずいぶん高いサイル人だ。男たちはガタイがよくて、女も大柄で筋肉質な人が多い。性格は陽気で大雑把。サイラード国全体で見れば、島国なので海に出る仕事につくものが多いが、ここアンデは街壁の外に穀倉地帯を持っているので、農家が多い。そして、魔物や獣から穀倉地帯を守る為に、冒険者もまた、多く働いている。アンデは国内でも有数の、栄えている町なのだ。
外国からの旅行者や移住者も多い。気温は高めだが、住民の人柄もよく、仕事もたくさんあるので過ごしやすい国なのだろう。
俺は十五歳までは森の中で隠れ住んでいたし、それからの十年は奴隷として闘技場で戦う日々だったので、こんなに人の多い町の中を歩いた経験はほとんどない。
全てが物珍しく、キョロキョロしながら歩いていたら、通りすがりの人達がくすくすと笑いながら声を掛けてきた。
「よう、にいちゃん。ひでえ格好だな。崖のぼりに失敗したのかい?」
「あ、ああ」
「まあ、気を落とすなよ。みんな一度は失敗してんだ。がははは」
「……そうか」
周りのみんなが大笑いするが、悪気はないらしい。
歩き出そうとすると、人族らしい背の低い金髪のおばさんが俺に向かって言った。
「どこ行くんだ?道は分かるかい?」
「冒険者ギルドに」
「ああ、それならもう少し先だね。あ、ハンナ、お前さん今日は冒険者ギルドに行くんじゃなかったかい?」
そばにいた赤毛の若い女が、「そうですよ」と答えると、「じゃあ一緒に冒険者ギルドまで行ってあげなよ」と、俺そっちのけで話が進む。結局ハンナと呼ばれたサイル人の女が一緒にギルドまで行ってくれることになった。
ハンナは見たところ、二十くらいだろうか。真っ赤な髪をキュっと後ろで一つにくくって、動きやすそうなひざ丈くらいのフワッと広がるズボンをはいている。サイル人なので当然のように背は俺よりも高く、見上げながら話すのは変な気分だ。
「じゃあそこまでの間よろしくね、えっと、何て呼べばいいのかな」
「あ、ああ、リクと」
「リクさんね。私のことはハンナと呼んで。私、そこの宿屋で働いているの。リクさんも泊りに……って言っても今はお金がなさそう。当分ギルドにお泊りすることになるのかな」
「俺も、呼び捨てでいいよ。ギルドってところは、俺みたいなのでも泊まらせてくれるのか?」
「うん、ただ、ちゃんと仕事をすればだけど。リクは力仕事はできる?」
「ああ、大丈夫だ」
「なら、心配ないよ。力仕事してくれる人ってすごくありがたいの」
歩きながら、左右を指さして、あそこの肉料理はおいしいとか、服を買うなら表通りじゃなくてそっちの裏通りにいい古着屋があるとか、町の事を教えてくれる。
中央広場は八方から道が集まってきて、ほぼ円形になっている。真ん中に噴水があり、その周りにはたくさんの屋台が出ていて賑わっていた。
「ここの噴水はこの町の外を流れるアンデルス川から引いてるの。町の名前もアンデルス山とアンデルス川からとったのよ。ってそれくらいはさすがに知ってるかな。アンデルス山の崖を上ろうとしたくらいだから」
ふふふっと笑うハンナ。話しながら噴水の横を通り抜ける。
ひんやりとした水しぶきが気持ちいい。
この噴水は、魔の国ガルガラアドから来た魔道具技師が作った作品だ。ガルガラアドの魔道具技師の話は多い。魔族は人口が少ないので、労働力を補うために、魔道具の技術力が高くなったのだろうか。
「そういえば、リクはどこから来たの?」
「俺は……」
「ああ、でも黒髪の人族なら、商人の国イデオンよね」
「あ、ああ」
「素敵。私も一度行ってみたいなあ。イデオンの都会に」
イデオンは森にいた頃に一族が交易していた、アルハラの隣国だ。商業が盛んで金になるなら誰とでも、差別することなく取引するという評判だった。その国には行ったことがないが、黒髪の人族が住んでいるというのなら、いつか行ってみたい気もする。
こうして、ほぼ一方的に話すハンナからいろいろな情報を得つつ、冒険者ギルドに到着した。
冒険者ギルドはこの辺り一帯と比べて、ひときわ背の高い、立派なレンガ造りの建物だった。
開放されたドアから中に入ると、ひんやりとした空気に包まれる。
「ああ、涼しい!これがあるから、ギルドにくるのは楽しみなのよね!」
「これも魔道具なのか?」
「そう!まだ大きな施設かお金持ちの家にしかないけど」
「すごいんだな。ここは豊かな町なんだな」
「ありがとう。いい町なの」
にっこり笑って、それから少しだけ考え込んで、もう一度俺の顔を見るハンナ。
「この町にはいいお医者さんもいるの。一度その顔のやけどの跡も、見てもらうといいよ」
「……目立つか?」
「んー、リクはかっこいいからね。その火傷もワイルドで魅力的だけど!」
「……」
「じゃあ、私はこれから依頼を出しに行くから、リクもお仕事頑張って。お金貯めたら、うちの宿屋にも泊まりに来てね」
そう言って顔を真っ赤に染めたまま、大きく手を降って、ハンナは奥のほう受付に向かっていった。
俺は……ああ、冒険者登録と書かれた受付があるな。
ハンナとは反対の方に向かって、歩いて行った。
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