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第2話 魔王リリアナ
ガガガッ!
激しい音と共に礫が飛んできた。さっきまで俺が立っていた足元の床が、少女のハルバードによって深くえぐられている。
一手目にして渾身の一撃であろう攻撃を避けた俺を、少女は少し眉を上げて見つめる。そして、好敵手を見つけたとでもいうように、嬉しそうに笑った。その笑顔は敵とはいえ、思わず見とれてしまうほどだ。
しかし、改めて気持ちを引き締める。ハルバードは見かけ通りの重さと破壊力を持っているらしい。そのうえ、ここに来るまでに会った魔族たちは城の被害を気にしてか、控えめの攻撃だったが、この少女は床がえぐれようが、飛び散った破片が壁に刺さろうが、気にする様子もない。
「ふぅっ。足に魔力注いでて良かったぜ。お前が魔王なのか?」
喋りながら、魔力を胸や背中、両腕にも巡らせる。あのハルバードを受け止めるには相当な力が必要だ。
俺たち混ざり者は、人族よりも魔力は多いが、火や水や氷などの魔法として外に出すのはあまり得意ではない。その代わり、豊富な魔力を体中にバランスよく巡らすことによって、身体能力を著しく強化できる。手に持たされた大剣も、その強化がなければ持ち上げることすらできないだろう。
少女も華奢に見えるが、同じように強化しているのだろうか。
「魔王?魔族の王か……。草原の民は私をそのように思っているのだな。ふふ、皮肉な」
「違うのか?俺は魔王と戦いに来たんだ。違うならさっさと探しに行きたいんだが」
「いや、そう思ってくれてよいぞ。そなたを殺すのはこの私、魔王リリアナだ」
言い切ると同時に唸るハルバード。しかし今度の攻撃は予測して、充分に強化して、大剣で受け止めた。
ガキンッ!
ガガッ
細い少女の腕から繰り出されているとは思えない重い一撃、一撃が大剣を削る。これは……。どうにか受け止めることは出来ているが、いつまでこの剣と体力がもつか。
俺は少女の攻撃を受けながら、慎重に魔力を巡らす。足に、腕に、そして目にも。
「そなた、受けるばかりで良いのか?悔いが残るぞ」
「うるせえ。ひょろい腕して馬鹿力出しやがって」
「うむ。馬鹿力という程ではないが、人にはそう見えるかのう」
攻撃を受けながらもまだ、軽口をたたく程度の余裕がある。さてそろそろこちらからも仕掛けようか。そう思い始めた時、ふと、魔力で強化した目の端が何かを捉えた。
やべえ!
慌てて飛びのいた足元に、氷の槍が突き刺さっている。
ガッ!
逃げた先にハルバードが叩きつけられる。一気に余裕がなくなった。
「お前っ! 魔法も使えるのか」
「ふふ。魔王と呼んだのはそなたであろう、森の民よ。私は魔の王」
少女は右手一本で巨大なハルバードを振りかざし、同時に左手も広げ、手のひらから腕を包むように大きな炎の渦を吹き出し巻き付けた。
火が、火がでけえっ!少女の腕から吹きあがる炎はドレスの赤と相まって、俺の視界を赤く染める。そしてそのまま壁際に追いやられた俺に向かって、少女は両の手を振り下ろした。
両方は避けられねえっ。
飛んでくる炎はかろうじてステップで躱し、大剣でハルバードを受け止めた。
ガガッ!バキッ!
耳を塞ぎたくなるほどの音をたてて、頭の上の壁にハルバードが深く突き刺さる。どうやら上手く軌道を逸らしたようだ。が、俺が思っていたより、炎のほうは勢いが強い。
「うっ、ぐあああああ!」
左腕から顔までが炎に舐められた。
やべえ!
幸い、腕にまとわりついた炎は一瞬で消え、魔力でめいっぱい強化している左腕はかろうじて軽いやけどをするだけで耐えた。しかし顔が!火こそすぐに消えたが、目の周りが熱いというより鋭い痛みの後、感覚がない。
いや、視力は大丈夫だ。目を強化していたのが幸いしたのだろう。
見えるっ!痛みにうめいたのは一瞬だ。
そのまますぐに剣を握り直し、間髪を入れずせめてもの一撃をと少女に向かって飛び込んだ。
少女も大技を使った後で隙があったのかもしれない。ハルバードはまだ、俺の頭上で壁に埋まっていた。
俺の大剣が少女の首に向かって伸びていく。少女は自分に向かってくる剣よりも先に、はっと目を見開いて俺の顔を見た。その少女の目の赤が、あまりにも美しかった。
少女は右手のハルバードを離し、しゃがんで剣を避けながら、左手で氷の槍を作りだしていく。その一連の動きがまるでスローモーションのように見える。そしてその光景は少女の赤い瞳と合わさって、そのまま俺の脳裏に美しい光景として刻まれた。
だからかもしれない。
少女の首を狙った一撃は、大きく上に逸れてしまった。大剣は少女には当たらず、キーンという甲高い金属音と共に、角を模した黄金の冠を頭から弾き飛ばした。
致命傷どころかかすり傷も与えられず、少女の手に氷の槍が完成した。だが、その時だ!
「ああああああああああ!」
思いがけず少女の悲鳴が響き、頭から鮮血が散る。
ただの角の形をした冠に見えたそれは、もしかして本物の角のように少女の頭に食い込んでいたのだろうか。思ったより重い手ごたえもあった。あふれ出る血が彼女の白い髪をみるみる赤く染めていく。
一瞬驚いて気が抜けていた俺は、ゴトンという音に慌てて身構える。
しかしそれは彼女が手に持った氷の槍を床に落とした音だった。
「何と……この軛から開放されるとは」
膝をついた少女には、もはや先程までの殺気はない。ただその場に座り込んで何かをブツブツと呟いていた。その頭からはダラダラと血が流れ続けて、髪を、顔を、床を染めている。
俺は念のため剣を構えているが、少女は動く様子もない。やがてそのままパタリと倒れ伏したかとおもうと、キラキラと光る何かに一瞬包まれた。光る何かは魔法の効果のようで、剣を持つ手に力が入る。しかしその光はすぐに消え、そこに居たはずの少女の姿もまた消えていた。少女がいたはずの場所には血だまりと、彼女が身につけていた赤いドレスがぺたんと床に残されて……。
……ペタンとなっていない!
もこっと腰のあたりが膨らんでいるのは、肌着か何かだろうかと一瞬思ったが、よく見ればもぞもぞと動いている。
大剣をしっかりと持ち替えて、用心深く見守る。一体何が……
「くえっ?」
赤いドレス、その襟首の穴から一匹の子狐がピョコンと顔を出した。
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