第1章

5/8
前へ
/40ページ
次へ
ローブの人と村人の間の、不穏(ふおん)な沈黙。 その異様な雰囲気をかぎつけたかのように、短く強い風が吹いた。 生暖かいような、ねっとりとまとわりつく嫌な風だった。 その瞬間、先程まで騒いでいた女の顔が真っ青に変わり、両手で顔を覆った。 「黒の……黒の妖精だ! 私達の村が滅ぼされるー! 」 突如(とつじょ)わきおこる、悲鳴と泣き声、非難。 両手に武器を持つ村人が現れ始め、中には「殺せ殺せーっ!」と叫んでいる人もいる。 (このままじゃ殺されてしまう!) 果物の入った袋がドサリと地面に落ち、中からは二つのリンゴがころころと転がり出る。 リオンはローブの人の手を取って、一目散に駆け出していた。 時折気遣いながら後ろを見れば、ブルーの綺麗な瞳がローブの隙間から覗いていた。 「逃げる! 黒の妖精が逃げるぞっ! 追え追えーっ!」 武器を持って追ってくる村人と、手ぶらの二人。 どちらが早いかは歴然としたもの。 けれど二人は必死に走った。 村人が見えなくなるほど、必死に――。 一体どれくらい走ったであろうか。 村人が走り疲れ追うことを諦めるのに、随分と時間がかかったような気がする。 舗装のされていない道なき道を走り、雑草が足に絡まり転びそうになっても、リオンは決して手を離しはしなかった。 それは、母親とその人を重ね合わせているのか、リオン自身もよくわかってはいない。 けれどその手を離してしまえば、自分が自分ではなくなってしまうような、そんな気がした。 今一体、自分達がどこを走っているのかもよくわかってはいなかった。 とにかく逃げきるため、走って走って走って。 気付けばそこは、村の外れにあるリオンの家よりも更に遠い、村を一望できる丘だった。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加