もう一度火をつけて

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 もちろん、付き合っていたことは誰にも話してはいない。そんなこと口から漏らせば、明日からやっかみの嵐になってしまう。それに、もう関係のない人だからと私は開いた口を頑張って塞ぐ。 「あれ? 美緒嬉しくないの? 営業にいた時チーム一緒だったんでしょ?」 「え? う、嬉しいよ! 全く知らない人より仕事しやすいし!」  全くどころかよく知っている相手だ。朝全然起きてこないこととか、意外に好き嫌いの多いところ、洗濯物を畳むのが適当なこと。別れた今となっては、欠点ばかり思い出される。 「でも、よく来たよね~。総務って女子社員多いし、広瀬さんってまだ独身でしょう? 血で血を洗う争奪戦始まりそう」  確かに、女子社員の目がギラギラしているようにも見える。私はその争いを端っこから眺めていようと思うけれど……胸がチリッと痛んだ。 ***  課長同士の引継ぎが終わり、四月。広瀬さんが課長としてやって来てしまった。別れてずいぶん経つのだから、気まずい気分にならなくてもいいのに気持ちが落ち着かない。広瀬さん……課長は私の事なんてもう気にしていないのか、ごく自然に「山下さん」と呼ぶ。でも私はまだ意識してしまうのか、目が合ってもすぐ逸らしてしまう。名前だって呼ばれるたびにぎこちなくなってしまう。幸いこの変化はまだ誰にもバレていないけれど……。 「もぉ~!」     
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