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顔をあげた瞬間、彼の顔が近づいていることがわかった。広瀬課長は私の首に手を添えて、ぐっと引き寄せる。私が一歩前に出るのと、唇同士が触れ合うのはほぼ同時だった。
「~~~~っ、な、な、何するんですか!?」
「顔真っ赤」
「当たり前でしょう?! ここ、職場!」
「わかってるよ。でも、ここじゃないと美緒だって話聞いてくれないだろ?」
久しぶりにその名を呼ばれると、恥ずかしくて仕方がない。
「……会社なんだから、軽々しく呼ばないで」
「美緒こそ、会社なんだから言葉遣い気を付けろよ」
ぐうの音もでない。昔の癖って、そう簡単に抜けないらしい。悔しくて唇をへの字に曲げていると、彼は私の耳をすっと撫でた。
「ごめん」
その小さなつぶやきは、迷うことなく私の耳に飛び込んでくる。それって、今の少し無理やりだったキスの事? それとも……別れてしまったこと? 悩んで首を傾げると、彼は私の心を読んだのか「両方」と付け加えた。
「放っておいて、ごめん。少しくらい連絡しなくても大丈夫だって、勝手に過信してた」
「……」
「美緒は、寂しかった?」
耳を親指と人差し指でつまみ、くすぐるように撫でる。ぞわっとした感覚が体中を駆け巡る。素直になることも出来なくて、私は顔を伏せた。
「もう、俺の事、嫌いになった?」
「え?」
その声音は、とても寂しそうだ。
「そ、そんなことは……」
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