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「なぁお前、覚えてるか」
夏。白い真昼の光が縁側に強く照りつける。
対照的に薄暗い仏間で、俺は愛しい人の遺影に手を合わせる。
あれから数年で俺は故郷に戻り、恵まれたことに家族も増えた。そして何十という夏を共に過ごし、昨年、彼女は安らかな死を迎えた。
俺もかなり歳をとった。じきに、彼女が乗ったあの世への電車、その切符を俺も受け取るのだろう。
目を瞑って、老いた彼女が電車に乗り込む姿を想像する。
「あの時は俺がお前を置いていったものだが、今は逆に置いていかれてしまったな」
あのオレンジ色のホームで、初めて、キス、したんだったな。
小さな遺影に収まった笑顔を見て、そんな思い出が今でも心臓を刺すのだ。
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