不思議の国のおばあちゃん

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不思議の国のおばあちゃん

「にわとりがおる」  病室の天井をぼんやり見上げて、おばあちゃんは不思議の国に足を踏み入れる。  もちろん、天井に写真や絵を飾っているわけではない。現実と夢の世界、その両方を彼女の瞳は捉えているのだ。 「あの白いのなんやろなあ」  ちゅうを示す指先を追って、わたしも視線をめぐらせた。間仕切り用のクリーム色をしたカーテンが揺れている。波打つカーテンの動きが、バタバタと走るにわとりに見えたのだろうか。  首を傾げながら「一、二、三……」と数えはじめた祖母は、全部で十二匹いることを教えてくれた。結構いたようだ。 「なんやろなあ」と繰り返すので「なんやろなあ」と返す。そうすると、顔に皺を増やして祖母は声を上げて笑った。  高齢者が入院すると、夢と現実の境が分からなくなり、幻覚を見ることがある。せん妄というらしい。  はじめてその様を見た時は、痴呆がはじまったのかと肝が冷えた。退院すると良くなることも多い、と主治医の説明をうけて、ほっと息をついた。  祖母の思いは、過去に飛んだり、現実に戻ってきたり、はたまた現実ではありえない出来事の中にいたりする。  まるで脳の中で、記憶の引出しをひっくり返したようだ。  現実と夢の狭間で語る祖母の傍で、母がひっそりと教えてくれる。 「昔、にわとりを飼ってたから。それが見えたのかもね」  どうやら、ベッドの上で退屈している祖母に、記憶の中から会いに来てくれたようだ。  おばあちゃんの不思議の国旅行が終わったら、にわとりは何匹飼っていたのか聞いてみようと思う。
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