その二

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             「夕やけ、小やけ」 倒れたコップから零れた水が テ-ブルに地図を作りながら 書類の山を濡らして行く 何事にも冷静で ずっかりものわかりの良くなった私に 「大切なものは書類ではない」と あざ笑っているかのようだ その時 近くの小学校から聞こえてきた 「夕やけ、小やけ」のメロディに 私は胸を打たれる             ありふれた日曜日 優しい花が香水のようにかすかに匂い 樹木のおしゃべりする声が聞こえる 煩わしいことだらけの日常に疲れ やってきた公園で 私は一人寝転んでいる 雲の切れ間から春の陽光が漏れ出し 私の顔半分を照らしている 家族連れの賑やかな声が 風に運ばれて私の耳に届く 私の周りを走っている女の子の屈託ない笑顔に 自分が囚われていた暗い思いは浄化される               漆黒の闇 全ての事が煩わしく 全ての事に嫌気がさし 全ての人が信じられず 私は意味もなく 迷路のような夜の街へ出る 喧噪のなかで、孤独感は増し 彷徨っても 彷徨っても 見えない出口に 心は震えるばかり 眠らぬ街のショ-ウィンド-に 一瞬映った自分の姿は 闇の中にすっと消える 私は知っている 答えを出せるのは、自分しかいないことを 漆黒の闇の中でもがき苦しむことで やがて、夜は明けることも                 誤解 冬枯れの道を 一人歩く私 小さな誤解が二人の距離を遠ざけた どんなに言葉を繋いでも伝わらなかった想い 風に煽られた木の葉が宙に舞い 辺りは静かに暮れて行く 思い詰めた眼差しがとらえたものは 少し怒った顔をして こちらに向かって歩いてくる あの人の姿              愛すること 愛することって 昨日より今日 今日より明日に その人のことを より分かろうとすることなのかもしれないと ふっと 思う              裏切り 入り組んだ路地に潜む 悪意にみちた暗い声に 私は立ち竦み 心は内へ内へと向かい 哀しみだけが 心の芯を覆う もしも… 「あれは君のせいじゃない」 と言ってくれたなら 私は立ち直れたかもしれない 夕食のために買って、まだ手をつけていない コロッケが、そんな私に微笑みかけている
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