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突飛なイロハさんの話
「君は、『白』ってどんなモノだと思う?」
そう言いながらイロハさんは、白い絵の具を筆でいじくる。
「ね、たとえば、何を連想するかな」
振り向いてじっとこちらの答えを待つ表情は、好奇心旺盛な子供のようだ。急な質問にうまく答えられない僕は黙り込んでしまう。放課後の美術室にセンパイと二人きり、しかも、そのセンパイに見つめられて、僕の顔にはじわじわと熱が集まってくる。
「『白』は......一番きれいな色だと思います。清潔で、まっさらで」
僕の答えを聞いて、イロハさんがうなずく。「それから?」
「純粋で、だからこそ近づき難いところもあるんですけど、やっぱり憧れて、手を伸ばさずにはいられない」
とっさに出した自分の答えでまた恥ずかしくなる。こんなロマンチストみたいなセリフはガラじゃない。それをかき消してしまいたくて、イロハさんにも聞き返す。できれば僕よりも浮ついた言葉で答えてほしい。
「イロハさんはどう思いますか」
「うーん、じゃあさ、君が一番好きな色は何?」
「……やっぱり白、ですかね」
質問を質問で返された。イロハさんは自由人なのだ、仕方がない。
「そっか、よかった」
そう言うが早いか、イロハさんは、白いキャンパスに白い絵の具を大胆にのばし始めた。ぎょっとして彼女の横顔を見ると、少し微笑んで、嬉しそうで、直視できないほどにきれいだった。彼女も、どこまでも白いキャンパスも、チカチカと輝いて見えた。
イロハさんは、おそらく誰よりも絵を描くことの楽しさを知っている人だ。
(本当は、キャンパスに向かうイロハさんの横顔こそ、『白』と聞いて真っ先に思い付いたものなんですよ)
僕はそんな告白を胸の内に隠して、また絵を描き続ける。
口に出す勇気はまだ持っていなかった。
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