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居住部分とはドアを一枚隔てて、小さなキッチン、その奥に浴室があり、隣には独立洗面台が設置されている。典型的な1Kなのだが、その洗面台の鏡に、映るのだという。
洗顔し終わって、顔を上げたときや、シェービングをして、ひげ剃りを棚に戻そうとしたときなどに、す、と、黒いモノが通る。
ああ、しまった、そういう家なのか、とTさんは思った。けれど、特に悪さをするでなし、むしろそれだけが理由で安い物件を借りれたのだから、得をしたな。そう軽く考えていたのだそうだ。
そんなTさんが、初めて彼女を家に呼んだときのことである。一緒にDVDなどを観て、そこそこいい雰囲気になり、今日は泊まっていこうかな、という展開になった。
コンタクトレンズを外してくる、といって洗面台に向かった彼女が、何かしきりに喋っている。
不審に思ってドアを開け、声をかけようとして、ぎょっとした。
彼女は手にコンタクトの洗浄液を持ち、にこやかに笑っていた。ときおり相づちを打ち、しきりに笑顔を見せ、先ほど観たDVDのことなどを喋っている。視線の先には……誰もいない。
驚いて声をかけ、腕を強く引っ張った。
彼女は一瞬ぽかんとした表情を見せ、ややあって、混乱したように激しく泣き始めたのだという。
彼女は、Tさん自身と話していたのだと思っていたらしい。けれどよく考えたら、Tさんのはずがなかった、Tさんとは似ても似つかない男性がすぐそばに立っていて、それなのに自分はTさんだと信じて疑わなかった、と。
Tさんは、その後しばらくその家に住んだが、彼女が寄りつかなくなったのと、引っ越ししなければ別れる、と迫られたことを理由に、やむなく退去したのだという話であった。
彼女とめでたく婚約し、新居を探している際に、Tさんはふとそのことを思い出して検索をかけたのだという。
現在も、その部屋は空部屋になっているのだそうだ。
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