門出

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「えっ! ギックリ腰ですか……」 「……」 「運行? 私が? 何もできませんよ」 私は思わず受話器を落としそうになった。 「……」 電話ごしの田中さん声が段々と小さくなってゆく。 「……でも。はい。……はい。わかりました」 受話器を置くと、居間のテーブルを拭いていたお母さんが心配そうにこちらを伺ってきた。 「おじさん、ギックリ腰だって。ボランティア行った時はりきってたからなぁ」 まぁ、とお母さんは眉根を寄せる。 「トロッコ列車の運行を手伝ってください、って。トロッコ、今年で完全に廃止でしょ。田中さん、すごい必死」 「でも、あんた運行の手伝いなんてできんやろ?」 「うん。トロッコに乗る子どもの付き添いをしてくれって」 「ふぅん。もう出る?」 お母さんは玄関の方向を見つめた。 「うん」 「なぁ……身体は大丈夫なん? ちゃんと寝たん?」 一瞬、枕の下に隠した睡眠薬が私の頭をよぎって血の気が引く。 「あ、味噌汁だけでも飲みな。ちょっと待っとき」 お母さんは台拭きをテーブルに置いたまま、いそいそと立ち上がる。 「いいよ、もう行くから」 「でも……」 「いいってば!」 私は机をバンと叩いて居間から逃げ出した。
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