1217人が本棚に入れています
本棚に追加
/300ページ
昼下がりの事情 前編
「おまえにとって、悪い話じゃないと思うんだがな」
杉原が諭すように言葉を重ねるが、蓬莱はあくまで首を横に振る。
「……無理です」
出社早々に、直属のリーダーである杉原から個室へと呼ばれた。
まるで心当たりはないが、なにか叱責されるようなことをしでかしただろうかと、胸に手を当てて首をひねった。
だが、蓬莱へ持ちかけられたのは、思いもかけない提案だった。
「俺の取り柄なんて、ただ若くて丈夫ってだけで、そんな気配りや甲斐性なんかはありません」
「検討だけでも、してもらえないか」
「それって、会社としての業務命令なんですか?」
「いや。命令では、ないな」
歯切れの悪い口調を聞いて、蓬莱はなにとはなしに壁に目をやった。
『安全と安心を、愛情をこめて守りぬく』
蓬莱が席を置いている、サンエイ警備株式会社では、至るところに社訓が書かれたポスターが貼りつけられている。
安全。
安心。
愛情。
三つ合わせて3Aというのは、いかにも安直なネーミングだと思う。
「だいたい、俺にボディガードなんて、務まるわけがないじゃないですか」
「そこをなんとか、なあ」
何度言われたところで、蓬莱は返事を変えるつもりはない。
元ストーカーのボディガードなんて、ありえない。
最初のコメントを投稿しよう!