口にするのは恥ずかしい

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 一度、指輪を引き抜いて確かめると、裏側には文字が彫られていた。 『20××.2.12   S to A』  趣向を凝らしたメッセージではない。  ただの数字と文字の連なりに、どうして、こんなに気持ちを揺さぶられるのだろう。 「……最高の誕生日を、ありがとう」  かすれた声しか出なかった。  鼻を啜ってごまかそうとしたが、あとからあとから溢れてくるものが止められない。 「泣いているんですか。どうして?」  榊は不思議そうに首をかしげる。指先を伸ばして、蓬莱の目尻に触れた。  なんで泣いてるかなんて、もう自分でもわからない。 「……だって。先生、いっつも、なに考えてるか、わからないし。思ってること、全然話してくれないし」  しゃくりあげるように言いながら、ああそうだ、と気づく。  ずっと、不安だった。  好きになればなるほど、のめりこむほど臆病になる。  自分の気持ちが、ひとりよがりの一方通行だったらどうしよう。  本当は、好かれていなかったらどうしよう。怖くて恐ろしくて、とても確かめられない。 「話さないっていうか……大事だからこそ、うまく言えないこともあるでしょう?」 「でもさ、先生のこと、好きだって言ってるのは、俺のほうばっかりだし」  人を好きになるのは楽しい。  けれど、好きな相手から、好かれているかどうかわからなくなるのは、息ができないのと同じくらい苦しい。 「いちいち、口にするのは、恥ずかしいじゃないですか」  榊は照れたようにうつむいている。
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