ペットの躾は飼い主の責任

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 会員制秘密クラブでの一回の出演料は、家庭教師での一ヶ月分のバイト料をうわまわっていた。  嬉しいという気持ちよりは、恐ろしい思いのほうが先に立った。  たったの数回でやめてしまったとはいえ、高額な報酬で切り売りしていたものの中身を考える。  羞恥心かプライドか尊厳か。  お金と引き換えに、いったい、なにを対価としていたのだろう。  真剣に考えると、むしょうに叫びだしたくなる。  でも、これは取り返しのつかない過去であり、ボタン一つで消すことはできない。そういった自分と向き合うことを含めて、リックは進路を決めかねている。 「大丈夫か? 顔色がよくないぞ」 「ううん。なんでもない。洗いもの片づけたら、今日は早めに休むつもりだし」 「熱っぽいとか、そういうのは平気か? インフルエンザも流行ってるだろう?」 「平気だって。ぼくだって、これでももう大人ですよ? そんなに病弱じゃないし」 「知ってるよ」  苦笑いを浮かべる鳴上を見ていると、どうにも胸が苦しくなる。 「洗いものくらい、俺がするのに」 「ぼくを甘やかさないでください。ご飯だって、結局、翡翠さんに任せっぱなしになってるんだから、そのくらいさせてください」  部屋を間借りいている以上、日々の食事くらいは手伝いたいと申し出たものの、お互いの合意のもと、食事の用意担当は鳴上に戻った。これまで一人暮らしをしていたとはいえ、リックの自炊率はきわめて低かったから当然だった。 「料理は趣味だから気にするな。それに、甘えられるの好きなんだよ、俺が」 「ぼくを本物の駄目人間にするつもりですか」 「べつにかまわないよ、俺は」  渋みのある低い声で返されると、それだけでリックの心臓はドクドクと早鐘を打つ。  こういうところが卑怯だと思う。鳴上にすべてを見透かされている気になる。けれど、こちらの気持ちを知ってか知らずか、それ以上踏みこんでくることはない。  リックと鳴上の関係が深まったあの夜以降も、二人の寝室は別々のままだった。
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