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湯上がりの体が冷めないうちに、自室へと引き上げた。
鳴上はまだ帳簿と格闘しているらしい。途中まで足を向けたものの、集中を削いでしまうのが申し訳なくて、足音を忍ばせて引き返した。
「なにが、いけないんだろう」
部屋の隅には、各社の資料が入った封筒が束になって積み上がっている。マニュアル本の類も買って目を通してみた。
スケジュール帳を確認する。明日は空白だが、明後日と明明後日の午後は企業のセミナーの予定が入っている。
「ぼくは、どうしたかったんだろう」
真剣になればなるほど、袋小路に追いこまれる。
なにになりたいのか。なにになれるのか。なにもかもが半端で、宙ぶらりんの状態だった。
面接の対策本に手を伸ばしかけて諦めた。少し早いが、電気を消して頭から布団をかぶってしまう。
「疲れてるのかなあ」
一人きりの暗闇に引きこもってしまえば、頭の中を占めるのは鳴上のことだ。
ひとつ屋根の下に暮らす男は、いつも冷静で余裕があって、リックの些細な動揺を穏やかに受け止めてくれる。
手が触れるだけで、ドキドキする。
出かける時や帰ってきた時には、しっかりと抱きしめてくれる。
煙草の匂いが染みついたキスを思い出すと、もういけない。何度寝返りを打ってごまかしてみても、著しく反応していることは隠しきれない。
体が熱い。呼吸が早くなる。
鳴上が欲しい。
リックの心と体が、どうしようもなく彼を求めている。
「ダメ、なのに……」
手を伸ばしかけてためらう。したいのに、したくない。
なにしろ、リックと鳴上が関係を結んだきっかけが、部屋での自慰に気づかれたことだった。
結果的に、無事に思いが遂げられたとはいえ、あの時は顔から火が出るほど恥ずかしかった。
あの最中を踏みこまれるのは、二度とごめんだ。いくら好きな人でも、いや、好きな人だからこそ、見られたくない。
そう考える一方で、また同じような状況で見つかってしまえば、鳴上に抱いてもらえるのだろうか、と思う自分もいる。
気持ちが伝えられない。
好きだから言えない。嫌われたくないから、求められない。
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