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榊は無事に退院した。
右手首がガチガチに固定されていて使えないため、日常生活全般が不便そうだったが、思っていたよりは予後がよく、徐々に回復していった。
早めにギプスが外れて、榊は上機嫌だった。実年齢よりも、体の中身が若いと言われて、気をよくしているらしい。
蓬莱よりうんと年上なのに、案外、子どもっぽいところがあって可愛らしい。いい加減にごまかしていないで、本当の歳を白状して欲しいというのが蓬莱の本音ではあるが。
「よかったな。クリニックのほうも再開できそうで」
「ええ。皆さんにご迷惑をかけてしまいましたからね。特に、リックには助けてもらいました」
「あいつなら、甘いモノでもおごっておけば十分だって」
「ところで、一つ聞いておきたいんですが」
「なんだよ、改まって」
「来月の休診日で、周の休日と重なっている日っていつですか」
おもむろに取り出したスマホをタップして、蓬莱は応えた。
「え? っと、二週目と三週目の日曜、なら空いてる。なんか用事あるの?」
「周のご実家に行く用事ですよ」
「え、あ、あぁ~……うん」
「気乗りしないんですか」
「そりゃあ、まあ。恥ずかしいじゃん」
「でも、養子の件、実現するならば、正式にお話しして許可をもらわないといけないでしょう」
「ん、まあ、わかってはいるんだけど」
「大丈夫ですよ。お母さんが味方ですから。お父さんだって、きっとわかってくれます」
初冬の日曜日の午後。
榊と蓬莱は揃って、蓬莱の両親の自宅を訪ねた。挨拶を済ませ、養子縁組について説明して、二人の許可をもらった。
同じ敷地に住む長男一家は不在だった。好奇の目にさらされたり、変なプレッシャーを感じたりしないよう、いろいろと気遣ってくれたらしい。
顔合わせは終始、和やかだったが、帰りがけの父親の一言は強烈なものだった。
「それにしても、本当に大丈夫かねえ。周はそそっかしくて、落ち着きのない子だから。榊先生のような、立派なおうちの跡を継ぐだなんて、そんな大きいことを任せられるのやら」
「え、あの、親父……?」
父の思い違いに気づいて軽く絶句する蓬莱を押しとどめ、榊がにこやかに続けた。
「大丈夫ですよ、お父さん。周くんは本当にしっかりしていて。私がずっと、腕の怪我で大変だったときも、助けてくれました」
「そうですかい。まあ、こんな息子ですが、ひとつよろしく」
倒れてからひとまわり体躯が縮んだという蓬莱の父親はまぶしそうに目を細めて、並んで座る二人を見ていた。
二人が恋人同士だとは微塵も伝わっていなくとも、反対されなかっただけ、上出来といえた。
「少々、罪悪感が、なくもないんですがね。お父さんに、正直に伝えられなくて」
「いいって、いいって。お袋もあれでいいって思ってんだしさ。とっとと、提出しに行こうって」
この日になってようやく、蓬莱は真実を知ることができた。
榊は、蓬莱が想定していた以上に、年が離れていた。
二人は、蓬莱の実家を出た足で、そのまま自宅近くの役所へ行った。
これを機に、『蓬莱周』は、戸籍上では『榊周』になるが、職場では旧姓を通したい旨をすでに届け出ている。
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