昼下がりの事情 前編

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 榊は愚痴を言わない。  思い悩むことがあっても、一人で抱えこんで必死に足掻いたり、黙ってやり過ごしたりして、人の手を借りるのを極力嫌がる。  医師という仕事には守秘義務があり、明かせない事情があるのはわかるが、蓬莱が少し寂しく思っているのも事実だ。  もっと、思ったことをぶつけて欲しい。頼って欲しい。  蓬莱を相手にひたすら激しい行為をねだるのは、いらだちを自分の腹一つに収めきれなくなった夜だと知っている。  解消方法として間違っているとは思わないが、自傷じみたセックスはあまりに痛ましい。  なんとかしてやりたくなるが、意識を飛ばすほどの倒錯的な行為ほど、効果のある方法が見つけられないでいる。 「わかった。じゃあ、この話は断っておく。別件で、警備のほうで交代を頼みたいシフトがあるんだが」 「わかりました」  苦り切った顔の杉原に内心で申し訳なく思いつつも、蓬莱は再度あくびを噛み殺していた。  蓬莱の左手には、誕生日に榊からプレゼントされた指輪がはまっている。  気まぐれなチェシャ猫みたいにわがままな一方、どこか気弱なところのある恋人は、指にはめなくてもいいようにと、首から下げられるチェーンを一緒に贈ってくれた。  ステディな存在を無理に誇示しなくていい。でも、いつも身につけていてもらいたいという榊の思いが、ひどく切なくていじらしい。  蓬莱はあえて、仕事中でも指にはめているが、ほぼ誰も指摘してはこない。気づいてはいるかもしれないが、口に出して聞いてくる者はいない。  離れていても繋がっている。小さなアクセサリー一つで、穏やかな気持ちになれる。自分の中に少女じみた感傷があることに驚かされる。          *****
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