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その後、プレゼントの手袋を選ぶというリックの買い物につきあったため、蓬莱が帰宅したのは思っていたよりも遅い時間になっていた。
「クリニックはもう閉めたんだ?」
榊が叔父から譲り受けた自宅は、個人経営の診療所を兼ねている。入口には診察終了の札がかかっていた。
蓬莱は最初、患者としてここへ入院することになった。退院後も帰る家がないとごねると、空き部屋を使っていいと言われ、そのうえ、いまの勤務先まで紹介してくれた。
居候と同居、同棲の違いはなんだろう。
体の関係だけではない気がする。
「今日は混んでいなかったんです。夕飯の用意もできてますよ」
休みの日だから自分が作ると蓬莱は申し出たが、作りたいメニューがあるから、帰りはのんびりしてきていいと榊に言われていた。
「で、今日の新作はなに?」
キッチンからは食欲をそそるいい匂いが漂っている。
「クラムチャウダーとアクアパッツァです。シメにリゾットもありますよ」
「なんか、すごいごちそうじゃん。いったい、どうしたの? ダイエットは返上なわけ?」
「いいんです。美味しく食べるために、日頃は我慢していたんですから」
「ごめんごめん。ご飯の準備、これ、いろいろ大変だっただろ?」
蓬莱が皿を並べるのを手伝おうと立ち上がると、不意にうしろから抱きしめられていた。
「え、先生?」
背中に覆いかぶさるように重なった榊が、そっとつぶやく。
「お誕生日おめでとう、周」
「え、うそ。どうして。俺、言ってなかったよね?」
榊には、一度も伝えていない。今日会ったリックにも言わなかった。
今日は、蓬莱の二十五回目の誕生日である。
「カルテには生年月日が書いてありますから」
「あ、そうか。書いてはあるけど、でも」
「あの、勝手に個人情報を見たこと、もしかして職権乱用だって怒ってますか?」
へその前で組みあわされた榊の手に、ぎゅっと力が入る。冷えた指先をなだめるように、蓬莱は白い手を撫でさすった。
「まさか。そんなわけないだろ!」
怒っているわけではないのに、どこか咎めるような声が出てしまう。
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