口にするのは恥ずかしい

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「とりあえず、食事にしましょう。ケーキも買ってあります。チョコレートと抹茶、どちらがいいですか」  気分を害した様子もなく、榊は背中から離れてキッチンへ向かう。大鍋から湯気の立ちのぼるスープを、たっぷりとよそっていく。 「ワインかビールってあったりする?」  めったに休日が重ならない二人には、晩酌の習慣はない。 「すみません。買い置きはないですね。明日、仕事がなければ、少しくらいはつきあえるんですが」 「いまから買いに行きたいくらいだけど、今日はやめとくわ。俺も明日の朝、早いんだよ」  うしろ頭を掻きむしってボヤいていると、手早く準備をととのえた榊が向かいの椅子に座っていた。 「あらためて、二十五歳おめでとう」 「すげー嬉しい。ありがとう。祝ってもらえるなんて思ってなかったから。うちの親だってもう何年も忘れてるぞ、二十歳過ぎた四男の誕生日なんて」  妙に照れくさくて、しきりと鼻の頭をこすっていると、榊に夕飯を促される。 「冷めないうちに召し上がれ」 「いただきます」  魚介類の複雑な旨味がつまったクラムチャウダーは熱く濃厚で、体中に染みわたった。鯛のアクアパッツァは、お店で出すメニューのように彩りよく飾りつけられていた。  リックと食べた、話題のパンケーキは文句なくおいしかった。  でも、榊が蓬莱のために用意してくれた誕生日メニューは、どんな美食でもかなわない、特別な味だった。  シメのリゾットを平らげ、ピスタチオソースのからんだチョコレートケーキを味わう。 「本当にありがとう。こんなに嬉しい誕生日になるなんて思わなかったから、なんかさ、すげー感動した」 「できれば、もっと特別な一日にしたかったんです。一日ずっと、周のそばにいたかった。でも、臨時の休診にするわけにもいかなくて。待っている患者さんがいると思うと、ね」 「そんな。そこまで思ってくれてるだけで十分だって。俺、ホントに嬉しかったから」  ティーポットを片づけた榊が、うしろ手になにかを持って戻ってくる。
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